【第2回】10原則の全体構造

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デジタル化が急速に進展し、外部環境の変動が激しい現代において、企業がその存在価値を高め、持続的に成長していくためには、ITの利活用とビジネスモデルの変革を推進する「デジタル経営」が不可欠です。「ITコーディネータプロセスガイドライン Ver.4.0(PGL 4.0)」は、このデジタル経営を実現するための「実行基準(プロセス)」と「判断基準(基本原則)」を示しています。

第1回でも書きましたが、PGL 4.0の改訂は、ITコーディネータが活動する背景が大きく変化したことを受けて行われました。従来のPGL 3.1が個々の企業を中心としたIT利活用による経営変革を支援するものであったのに対し、PGL 4.0は、さらに広く社会課題も視野に入れたイノベーションと経営変革を支援することを目指しており、PGL 3.1の内容も包含しています。現在はVUCA(ブーカ)の時代と呼ばれますが、この激しい変化の時代、事業の軌道修正が頻繁に迫られる状況に対応するため、新たな経営の指針が必要とされているのです。

*Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取って、VUCA時代と呼ばれています。

PGL 4.0では、デジタル経営を成功に導くための10の基本原則が、その判断基準の中核として整理されています。PGL 3.1の7つの基本原則(プラスアルファで合計51の基本原則)から、よりエッセンスが凝縮された10原則へと絞り込まれたのは、デジタル社会において企業が直面する本質的な課題と、それに向けた行動指針をより明確にするためです。

これらの10原則は、デジタル経営を推進する二つの主要なサイクル、すなわち「デジタル経営成長サイクル(C1、下図の外側の円)」と「価値実現サイクル(C2、下図の内側の円)」、そしてこれらを円滑に機能させるための「デジタル経営共通基盤(CB、下図では2つの円の下に基盤として並んでいる)」の全体に共通して適用される判断の視点となります。サイクルマネジメントが「プロセス」という実行基準の最適化を図るのに対し、基本原則は「判断基準」として、各プロセスを遂行する上での羅針盤となるのです。

以下に、第1回でもお見せしたデジタル経営プロセス全体像を再掲します。

(出典:ITコーディネータプロセスガイドライン Ver.4.0)

それでは、PGL 4.0が示す10の基本原則を一つずつ見ていきましょう。

デジタル経営を成功に導く10の基本原則

基本原則1.説明責任を果たす(リーダーシップの原則)

この原則は、経営者をはじめとするリーダーが、自らの「思い」や「方針」を的確に伝え、関係者の理解と共感を得ることに重点を置いています。そして、自ら率先して組織を動かし、結果について責任を果たすことが求められます。デジタル経営においては、リーダーが説明責任を果たすことが極めて重要であり、方針説明、結果説明、公明性・透明性が担保されない場合、誤解や混乱、信頼喪失、事業へのダメージにつながる可能性があります。リーダーは担当者任せにせず、自ら語り、自ら動いて戦略の実現にコミットし、分かりやすい説明・対話のスキルを磨く必要があります。特にデジタル経営成長サイクル(C1)では、経営者のリーダーシップが変革への気付きや構想の打ち出しにおいて大きな役割を担います。

基本原則2.変化をチャンスに変える(イノベーションの原則)

デジタル社会では、IT技術の進化は予想を遥かに超えるスピードで進み、IoTや生成AIの活用など利活用形態も大きく変化しています。この変化を脅威と捉えるか、チャンスと捉えるかで経営の成果に大きな差が出ると指摘されています。この原則は、変化のアンテナを高くし、変化の本質を見極めてチャンスに変えることを促します。過去の成功に囚われず、変化をチャンスと捉えてアイデアを発想し、事業を構想・実行するマインドと行動力を持つことが求められます。また、改革やイノベーションを発想・構想・実行するためのスキルを習得する必要性も強調されています。PGL 4.0が改訂された背景には、イノベーションや変革が、もはや「まったなし」の世界になったという認識があります。

基本原則3.顧客価値を問い続ける(価値創造の原則)

デジタル経営の目的の一つは、新たな顧客価値の創出です。この原則は、価値重視の発想に切り替えることを提唱しています。企業のビジョンやパーパスから価値を発想し、実現すべき具体的な価値とその実現方法を設計することが重要です。特に、デジタル技術との組み合わせによって顧客価値を発想・構想化し、イノベーションや業務改革の核に据えることが求められます。価値実現は、外部との新たな価値連鎖(バリューチェーン)も視野に入れる必要があります。PGL 4.0では、顧客価値(Problem-Solution Fit)、事業価値(Product-Market Fit)、企業価値、社会価値という4種類の価値を定義しており、顧客価値の向上が事業価値、ひいては企業価値の向上につながるとしています。価値実現サイクル(C2)では、この顧客価値の実現と経営目標の達成を目指して計画・実行・評価が繰り返されます。

💡補足:
3.1の頃もそうでしたが、PGLではこの「問い続ける」というような表現が使われます。「答えを出す」や「重視する」ではなく、敢えて「問い続ける」という表現にした理由は、変化の激しい環境において、常に再検討し、アップデートしていく姿勢を求めている、というように読めます。ITコーディネータは、一度定義した顧客価値に安住することなく、価値や目的をクライアントと共に問い、サイクルを回しながら深めていく存在であるべき、という哲学が込められているように感じます。

基本原則4.データとITを常に念頭に置く(デジタルシフトの原則)

ITは今や経営の重要なツールの一つであり、技術革新により進化を続けています。この原則は、これからの経営においてデータとITの利活用が常に前提となることを心に刻み、その議論を後回しにしないことの重要性を説いています。従業員のデジタルリテラシーを向上させ、ITとデータ利活用が価値実現にどのようなインパクトをもたらすかイメージできるようにすることが求められます。さらに、改革やイノベーションのアイデアを試すデジタル環境を早急に整備する必要があるとも述べています。データ駆動型社会が本格的に始まっている現代において、データとITはビジネスモデル変革のエンジンとなるべきものです。

💡補足:
データ駆動型社会とは、ビッグデータやAI、IoT、クラウドを用いて大量のデータが収集・活用され、このデータに基づいた意思決定や価値創造が行われる社会ということです。つまりデータが社会を駆動するのです。駆動は英語でdriveなので、受身形にして「データドリブン社会」「データドリブン経営」と言ったりもします。

基本原則5.全体視点で捉える(全体最適の原則)

この原則は、あらゆる局面で個別議論に陥らず、全体視点で考える習慣をつけることの重要性を強調しています。個々の専門性へのこだわりにより、全体との不整合が見えなくなることが多いですが、全体視点で俯瞰することで、道の踏み外し(時代遅れ、社会価値とのずれ、思い込み等)に気づくことができるとされています。デジタル時代においては、デジタルが創り出す新たな全体、特に新たな価値連鎖(バリューチェーン)を見落とさないことが重要です。デジタル経営は組織全体でDXを推進することが必要であり、そのためには経営者、従業員が意識を変え、デジタル技術とデータの利活用の限りない広がりを理解し共有することが重要です。

基本原則6.自前主義から共創へ(オープンな共創の原則)

現代社会では、自社だけでは気づけない新たな価値の発見とその実現のために、外部との共創が必須となりつつあります。この原則は、外部との共創も行えるオープンで自由な共創風土を作ることの重要性を説いています。状況に応じて共創を自在に進められる体制が必要であり、そのためには外部との対話に躊躇しないオープンマインドと、他社とは違う明確な強みを持つことが求められます。

基本原則7.利用者との関係をより深める(利用者動機付けの原則)

デジタル経営を進める上で、システムの利用者の協力はあらゆる局面で重要です。利用者の協力レベルは、理解と共感の深さで決まるとされています。特に、回転の速いシステム開発プロジェクトでは、利用者からの多くのフィードバックがシステムの納期と完成度を左右するため、利用者の協力は不可欠です。リーダーは明確なメッセージを利用者に発することで理解と共感を高め続け、良好なユーザーエクスペリエンスを提供し続けることで、利用者に「自分ごと」としてデジタル経営に貢献してもらうことが重要です。

基本原則8.戦略と実行を合わせる (戦略実行整合の原則)

デジタル経営では価値実現を重視しており、戦略と、実現された価値が遊離する事態は避けなければなりません。この原則は、経営戦略に沿った価値実現が目標通りに進んでいるかをモニターし、タイムリーに関係者に可視化することの必要性を強調しています。経営環境の変化に伴い、価値実現に向けての制約事項も変化するため、経営戦略と価値実現のインパクトからダイナミックに戦略や実現価値の見直しも視野に入れることが求められます。

💡補足:
戦略と実行、どちらかをどちらかに合わせるのではなく、相互にすり合わせを行うという観点が重要です。実行が戦略を無視して暴走するのも、戦略が現場を無視して机上の空論になることも避けなければなりません。つまり、戦略を「現実に合わせて磨き直す」と同時に、実行を「戦略の意図通りに実現するよう最適化する」というサイクル型の反復プロセスを前提にしています。ITコーディネータが支援する際にも、「戦略に従わせる指導」ではなく、現場の声をすくい、戦略にフィードバックし、両者の橋渡しを行うという「実行現場と経営戦略の”翻訳者”」としての役割が求められています。

基本原則9.人中心の持続的な成長へ (学習と成長の原則)

企業が持続的成長をしていくためには、現在のデジタル経営の組織レベルを認識し、目指すべきレベルに成長させる活動が必要です。この原則は、自社の成熟度を認識し、次の成長に向けた改善、改革を継続的に行うことで成長を実現することを促します。デジタル経営では、デジタル環境と人の成熟を同時に図っていく必要があり、特に企業の成長は従業員のエンゲージメントなしでは達成できないとされています。従業員の心に寄り添い、心理的安全性の高い環境作りを心がけること、オープンな企業風土や外部との共創体制づくり、組織学習(CB-5)やリスキリングプログラム等を積極的に採り入れる「人的資本経営」の考え方が重要です。組織学習は、各個人の学びを組織全体で共有・応用することで、価値創造を図る仕組みであり123、PGL 4.0で新たにデジタル経営共通基盤に追加された重要な要素です。

💡補足:
エンゲージメントを端的に言うなら、「社員が ”①気持ちよく” ”②前向きに” ”③自分ごととして” 働いている」ということです。あるいは「やりがい」とか「自分の仕事に意味を見出している」とかのように言い換えることもできます。いずれにしても、会社と社員が前向きな気持ちで「つながっている」状態のことを指します。
心理的安全性については、「思ったことを言っても大丈夫」という空気や信頼関係のことで、何か言ったら怒られやしないか、とひやひやしたり、チャレンジをためらったり委縮したり、ということの対極にあるものです。今風にいえば「ホワイト」な職場環境の一つ、というのが近いかもしれません。

基本原則10.データ重視の意思決定へ(ファクトベースの原則)

変化が激しい現代において、経験や勘による判断は通用しなくなっています。この原則は、デジタルをフルに利活用し、データを重視した判断をする体制に変える必要性を強調しています。事業の成果(顧客価値)やリスクを可視化することは正しい判断につながるとされており、モニタリング&コントロール(CB-3)のアクティビティを通じてパフォーマンス指標の確認、データの分析、結果評価と是正措置を行うことが、価値実現のパフォーマンスを高めるために不可欠です。

💡補足:
ここでいう「ファクト」とは、単なる数字ではないことに注意しましょう。それ以上に、①その数値がどのように得られたか、あるいは②その数値をどう解釈し、どのような文脈で使うか、が重要です。そのために、データ基盤の整備(DX)や、正しいモニタリングの設計(CB-3)が不可欠になってくるのです。
コンサルタントが3文字英語を使うのを半ばからかい気味に、あるいは自嘲的に、うちの企業はKKDだから、なんていう人が以前はよくいました。「勘と経験と度胸=KKD」です。勘はデータで容易には表現できない素晴らしい暗黙知の一つですが、「経験上うまくいきそう」「このパターンは何となく危ない」「違和感がある」といったいわゆる「嗅覚」は、これを仮説としてデータで検証する(過去の事例と照合する、リスクとして記録する、モニタリング指標として定量化する、等)ことによって、ファクトに昇華させることができます。

まとめ

これらの10の基本原則は、デジタル経営を実現するための単なる知識体系に留まらず、実践における進め方(プロセス)と共に、企業が激しい外部環境の変化に対応し、成長を続けるための指針となります。ITコーディネータは、このガイドラインのノウハウを企業経営に活かすことで、企業の成長を支えていくことを使命としています。これらの原則を組織全体で理解し、実践することで、デジタル社会における企業の競争力と存在価値を確固たるものにできるでしょう。

次回は、【第三回】「ケース研修と試験の変化と対策」です。

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