デジタル化が急速に進展し、予測不可能な変化が常態化する現代において、企業が持続的に成長し、新たな価値を創造していくためには、経営層や各リーダーが果たすべき役割はかつてないほど重要になっています。PGL4.0では、その基盤となる「10の基本原則」を掲げていますが、その中でも最も根幹に位置づけられるのが、今回解説する「説明責任を果たす(リーダーシップの原則)」です。
原則の定義
PGL4.0において「説明責任を果たす(リーダーシップの原則)」は、以下のように定義されています。
「経営者をはじめとして各リーダーは、『思い』や『方針』を的確に伝え、関係者の理解と共感を得る。そして自ら率先して組織を動かし、結果について責任を果たす。デジタル経営では、リーダーが説明責任を果たすことは重要である。方針説明、結果説明、公明性・透明性が担保されないと、誤解や混乱、信頼喪失、事業へのダメージにつながる。」
(出典:ITコーディネータプロセスガイドライン Ver.4.0 p.23)
なぜ今、この原則が重要なのか?
PGL4.0は、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った「VUCA」の時代における経営の羅針盤として位置づけられています。このような予測困難な環境下では、企業は迅速かつ柔軟に変化に対応し、新たな価値を創造していかなければなりません。
この変革を推進する上で不可欠なのが、リーダーの「思い」と「方針」を組織全体に浸透させることです。PGL4.0では、ITを経営の重要なツールとして捉え、技術革新がビジネスモデルや働き方に大きな変化をもたらす中で、経営とITの付き合い方を根本から考え直す必要性を強調しています。
従来のPGL3.1にも「経営者牽引の原則」がありましたが、PGL4.0ではこれを「説明責任を果たす(リーダーシップの原則)」として再編し、単なる牽引だけでなく、そのプロセスと結果に対する「説明責任」と「公明性」「透明性」を明確に求めている点が大きな特徴です。これは、複雑なデジタル変革において、ステークホルダー間の誤解を防ぎ、信頼を構築するために不可欠な要素だからです。
実務での活用:リーダーシップと説明責任の実践
では、ITコーディネータ(ITC)が実務において、この「説明責任を果たす(リーダーシップの原則)」をどのように活用し、支援していくべきでしょうか。
「思い」と「方針」の明確化と浸透
- ITCは、経営者が持つ「事業に対する強い思い」や「使命」、そしてデジタル経営の方向性や目標を、経営者とともに明確にする支援を行います。
- この「思い」を変革構想書として可視化し(PGL4.0 p.34)、全従業員を含むステークホルダーに対し、具体的な言葉で伝えるためのコミュニケーション計画を策定します。単なる情報伝達に終わらず、共感を生むストーリーテリングやダイアローグ(対話)を通じて、変革の必要性を「自分ごと」として認識してもらうことが重要です。
率先垂範と責任の遂行
- リーダーは、口頭で指示するだけでなく、自ら率先して変革の活動に取り組み、その姿勢を示すことが求められます。例えば、デジタル経営推進者や開発リーダー、運用リーダーといった各役割の担当者が、それぞれの責任範囲で積極的に関与することが重要です。
- ITCは、リーダーが変革にコミットし、従業員の活動を支援し続ける姿勢を維持できるよう、組織文化の醸成や組織学習の仕組みづくりを支援します。特に、失敗を恐れずにチャレンジできる企業文化は、不確実性の高い取り組みにおいて不可欠です。
公明性と透明性の確保
- デジタル経営においては、データに基づいた意思決定が重視されます。リーダーは、意思決定の根拠となるデータや情報を公平かつ透明に開示し、その結果についても説明責任を果たさなければなりません。
- ITCは、モニタリング&コントロールの仕組みを導入し、パフォーマンス指標や評価結果を定期的に可視化・共有することで、リーダーの説明責任を支援します。これにより、誤解や不信感を防ぎ、組織内の信頼関係を強化します。
ケース研修・試験との関連性
PGL4.0に基づくITコーディネータの試験やケース研修では、「説明責任を果たす(リーダーシップの原則)」が様々な形で問われることが予想されます。
- 役割と責任の理解: 各登場人物(経営者、デジタル経営推進者、開発リーダー、運用リーダー、デジタル経営支援者)の役割と責任を明確に理解しているかが問われます。特に、誰がどのような場面でリーダーシップを発揮し、説明責任を負うのかを把握しておく必要があります。例えば、ITコーディネータ協会が提供しているPGL4.0のサンプル問題の問題1では、デジタル経営推進者の役割が問われ、その選択肢には経営者の役割(デジタル経営の方向性を示し、変革実行に向けた動機づけを行う)も含まれています。これは、各リーダーの役割とそのリーダーシップ範囲を正確に理解しているかを問うものです。
- コミュニケーションと合意形成: リーダーが「思い」や「方針」をどのように伝え、ステークホルダーの理解と共感を得るかという、コミュニケーションスキルが重要です。PGL4.0の「コミュニケーション(CB-2)」のタスクや留意点、特に「コミュニケーションの4象限」(PGL4.0 p.106)のようなフレームワークは、この原則の実践に直結します。多様なステークホルダーとの間で合意形成を図るためのアプローチが問われる可能性があります。
- 変革マネジメントと組織文化: リーダーが失敗を恐れずチャレンジする組織風土を醸成することや、変革構想をステークホルダーと対話しながら具体化するプロセスなど、変革マネジメントにおけるリーダーシップの具体的な行動が問われるでしょう。
この原則は、PGL4.0が「単なる試験対策の資料ではなく、ITCが“価値創出型”支援者に変わるための行動規範」であるという基本的な立場を体現しています。単に知識を問うだけでなく、ITCとしてどのように組織を導き、説明責任を果たすか、その実践的な判断力が求められます。
まとめ
「説明責任を果たす(リーダーシップの原則)」は、VUCAの時代におけるデジタル経営を成功に導くための羅針盤です。リーダーは、自らの「思い」と「方針」を明確に伝え、関係者の理解と共感を得ながら、率先して組織を動かし、結果に対する説明責任を果たす必要があります。ITCは、このリーダーシップを実務で支え、組織が持続的に成長できるよう伴走することが求められます。
次回は、「基本原則2:変化をチャンスに変える(イノベーションの原則)」について解説します。