【第12回】基本原則9:学習と成長の原則

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基本原則の定義と背景

「人中心の持続的な成長へ(学習と成長の原則)」は、「自社の成熟度を認識し、次の成長に向けた改善、改革を継続的に行うことで成長を実現する。デジタル経営ではデジタル環境と人の成熟を同時に図っていく必要がある。特に、企業の成長は従業員のエンゲージメントなしでは達成できない。まず、従業員の心に寄り添い、心理的安全性の高い環境作りを心がける必要がある。そのためには、オープンな企業風土外部との共創体制づくり、組織学習リスキリングプログラム等を積極的に採り入れる必要がある。(人的資本経営)」と定義されています。(ITコーディネータプロセスガイドラインVer4.0(PGL4.0)26ページより引用)

この原則は、企業がデジタル社会で持続的に成長していくためには、ITやデジタル技術の導入といった「デジタル環境」の成熟だけでなく、「人」の成長「組織文化」の変革が不可欠であることを強調しています。旧版のPGL3.1にも「学習と成長の原則」は存在し、「現状の成熟度を知り、次の成長に向けた継続的な改善、改革を行う」とされていましたが、PGL4.0では「人中心の持続的な成長へ」という表現が加わり、特に「人の成長」「人的資本経営」の考え方が強く打ち出されています。

変化の激しい現代において、一度学んだ知識やスキルがすぐに陳腐化する可能性があります。そのため、企業は従業員一人ひとりが継続的に学習し、その知識や経験が組織全体で共有・応用される「組織学習(CB-5)」の仕組みを構築・運用することが重要です(118ページ)。また、従業員が意欲的に業務に取り組み、組織の成功に貢献しようとする「エンゲージメント」を高めることが、企業の成長に直結すると考えられています。心理的安全性の高い環境やオープンな企業風土は、このエンゲージメントを高め、失敗を恐れずにチャレンジできる組織を作る上で不可欠です。

この原則は、IT経営を成功させるための「デジタル経営成熟度」(16ページ)の向上とも密接に関わっています。デジタル経営成熟度とは、組織の戦略実行能力変革能力を示す指標であり、組織は自身の成熟度レベルを客観的に評価し、バランスの取れた成長を目指す必要があります。特定の項目だけが突出していても全体のパフォーマンスは向上しないため、全項目を段階的にレベルアップさせていく計画的な取り組みが求められます。

「エンゲージメント」や「心理的安全性」については、第2回の「基本原則9」の補足も参照してみてください。

ITコーディネータの実践

ITコーディネータは、企業が「人中心の持続的な成長」を実現するために、この原則を以下のように実践に落とし込む必要があります。

  • デジタル経営成熟度の客観的な評価と目標設定を支援する:
    • 企業の現在のデジタル経営成熟度(デジタル経営マインド、ガバナンス、環境、利活用)を多角的に評価し、経営層や関係者に現状を可視化します。
    • 特定の得意分野に偏らず、全ての評価項目をバランスよく段階的に成長させる目標設定を支援し、中長期的な視点での改善計画策定を促します。特に、現状がレベル0~2の場合は、まずはレベル3への到達を目安とすることを提言します。
    • 「変革・成長プロセス(P1)」の活動を通じて、この成熟度レベルの向上を具体的に支援します。
  • 組織学習の仕組みづくりと定着を支援する:
    • 個人の「暗黙知」を組織全体の「形式知」として共有し、新たな知識として応用し、個人の「内面化」を促す学習サイクル(スパイラルアップ)の導入を支援します。
    • ナレッジマネジメントシステムの利活用、社内研修、ストーリーテリングなどを通じて、知識共有を促進する環境を整備します。
    • 組織学習の活動は全社的な取り組みであり、経営者のリーダーシップが不可欠であるため、ITコーディネータは経営者が組織学習を主導できるよう支援します。
  • 従業員のエンゲージメントと心理的安全性の向上を促進する:
    • 従業員が職務に深い関心と情熱を持ち、組織の成功に貢献する意欲を高める「エンゲージメント」の重要性を経営層に啓蒙します。
    • ダイバーシティ&インクルージョンやウェルビーイングの推進、従業員の心に寄り添った「心理的安全性」の高い職場環境の構築を支援します。
    • 適切な要員配置、継続的な教育や成長の機会提供、モチベーション維持向上策を通じて、要員が能力を発揮し続ける環境を整えるよう提言します。
  • フィードバックと継続的な改善サイクルを支援する:
    • デジタル経営の各プロセスで得られた経験や気づきを「組織学習(CB-5)」(118ページ)にフィードバックし、組織全体で学習と改善を繰り返す文化を醸成します。
    • パフォーマンスデータ(モニタリング&コントロール)を組織学習のインプットとして活用し、データに基づいた評価と改善を促します。

「人中心の持続的な成長へ(学習と成長の原則)」は、ITシステムや戦略だけでは企業の変革が完結しないデジタル社会において、「人」と「組織」の成長が企業価値創造の源泉であることを再認識させる重要な原則です。ITコーディネータは、この原則を深く理解し、企業の人的資本経営と組織能力向上を多角的に支援することで、持続的な成長に貢献していくことが求められます。

次回は、「基本原則10:データ重視の意思決定へ(ファクトベースの原則)」について解説します。

PGL4.0で新しく整理された「デジタル経営を成功に導く10の基本原則」全体概要はこちら

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