【第10回】基本原則7:利用者動機付けの原則

itc

前回は、新しい価値を発見し、実現するためには、外部ともオープンに共創していく「自前主義から共創へ(オープンな共創の原則)」という6つめの基本原則について紹介しました。一方今回は、前回の「外部」に対して、組織の「内部」を対象にした関係強化についての原則を紹介します。

「利用者との関係をより深く(利用者動機付けの原則)」は、「デジタル経営を進める上で、システムの利用者の協力はあらゆる局面で重要となる。利用者の協力レベルは理解と共感の深さで決まる」ことと定義されています (PGL4.0 25ページ)。

この原則は、現代の回転の速いシステム開発プロジェクトにおいて、利用者からの多くのフィードバックがシステムの納期と完成度を左右するため、その協力が不可欠であるという認識に基づいています。単にシステムを提供するだけでなく、利用者が「自らのこととしてデジタル経営に貢献」できるよう、彼らの動機付けが極めて重要であるとされています。

デジタル時代における「利用者動機付け」の深化

PGL4.0は、デジタル技術の進化と市場の変化が速い現代において、利用者との関係性の重要性を特に強調しています。これは、旧版のPGL3.1における「価値創造の原則」(最終ユーザーを意識した提供価値を問い続ける)や「ステイクホルダーによる協働の原則」(関係者の信頼関係を構築し協働する)といった概念を基盤としつつ、「利用者の動機付け」という明確な視点を基本原則として独立させ、その実践を強く促している点で進化しています。

デジタル経営では、完成されたシステムを導入するだけでなく、プロトタイプを用いた仮説検証型のアプローチが頻繁に用いられます(56ページ上から6行目)。このようなアプローチでは、顧客自身が求める機能やニーズを最初から精緻に計画することが困難であるため、利用者からの継続的なフィードバックと、それを引き出すための彼らの積極的な「参画意識」「変革意識」が不可欠となります。

この原則が示すのは、単なる機能提供ではなく、「良好なユーザーエクスペリエンス(UX)を提供し続けることで、ユーザーの参画意識を高める」ことの重要性です。UXの向上は、利用者のシステムへの愛着や継続的な利用を促し、ひいてはデジタル経営全体への貢献へと繋がります。

ユーザーエクスペリエンス(UX)の例としては、①使い勝手の良さ(画面の配置など)、②迅速なレスポンス、③一貫したデザインやブランド体験、④インタラクティブな要素(フィードバックや、〇〇達成でバッジ取得なども)、⑤パーソナライズされた体験(例:Amazonのリコメンド機能)、⑥エラー時の丁寧な対応、などです。これらを通じてユーザーが「気持ちよく」サービスを受けられれば、フィードバックをくれたり、他の人に紹介してくれたり、と参画意識が高まります。

ITコーディネータの実践

ITコーディネータは、企業がデジタル経営を成功させるために、この「利用者動機付けの原則」を以下のように実践に落とし込む必要があります。

  • ユーザーニーズの深い理解と共感の醸成:
    • 表面的な要求だけでなく、顧客が抱える真の課題や欲求、行動、感情を深く理解するため、カスタマージャーニーやペルソナといった手法を活用し、多角的なユーザー調査を行います (82ページ)。
    • ユーザーの声(要望や不満など)を積極的に収集し、それらをシステムの改善や新たな価値創造に繋げるためのフィードバックループを構築します(90ページの図)。
  • 明確なメッセージの発信と動機付けの支援:
    • 経営者やデジタル経営推進者と協力し、システムの導入や変革が利用者にもたらす具体的なメリットや「価値」を、明確なメッセージとして利用者に伝えます。
    • 利用者が「なぜこのシステムを使うのか」「自分たちの仕事がどう変わるのか」を理解し、共感できるよう、適切なコミュニケーションを設計・実行します。
  • ユーザーエクスペリエンス(UX)の重視:
    • システム開発・導入の各段階で、利用者が使いやすく、価値を感じられるUXを設計・評価することを推進します。
    • プロトタイプや最小限の機能を早期に提供し、実際の利用を通じて得られるフィードバックを基に、利用者にとって最適な体験を継続的に追求します。
  • 組織横断的な協力関係の構築:
    • 開発リーダーや運用リーダーなど、多様な「登場人物」が、利用者の視点を共有し、連携して動機付けと協力体制を築けるよう、コミュニケーションを促進します(103ページ)。

「利用者との関係をより深く(利用者動機付けの原則)」は、ITとデータが経営の根幹をなすデジタル社会において、技術の導入そのものだけでなく、それらを活用する「人」の側面を重視し、組織全体のデジタル経営への貢献を最大化するための重要な羅針盤となります。

次回は、「基本原則8:戦略と実行を合わせる(戦略実行整合の原則)」について解説します。

PGL4.0で新しく整理された「デジタル経営を成功に導く10の基本原則」全体概要はこちら

タイトルとURLをコピーしました