現代のビジネス環境は、技術革新と社会情勢の変化により、かつてないスピードで進化しています。このようなVUCA(Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性))な時代において、企業が生き残り、成長を続けるためには、データとITを単なるツールとしてではなく、経営戦略の中心に据え、その利活用を常に意識することが不可欠です。PGL4.0は、この「データとITを常に念頭に」置くことを基本原則の一つに掲げ、ITコーディネータ(ITC)がその実現を支援する具体的な行動指針を示しています(PGL4.0 p。24)。
基本原則の定義
PGL4.0において「データとITを常に念頭に(デジタルシフトの原則)」は、以下のように定義されています(p.24)。
「これからはデータとITの利活用が常に前提となることを心に刻み、その議論を後回しにしない。従業員のデジタルリテラシーを上げ、ITとデータ利活用が価値実現にどのようなインパクトをもたらすかイメージできるようにする。改革やイノベーションのアイディアを試すデジタル環境を早急に整備する。」
(出典:ITコーディネータプロセスガイドライン Ver.4.0)
なぜ今、この原則が重要なのか?
PGL4.0が「デジタル経営」を推進するための指針として改訂された背景には、「データ駆動型デジタル社会」への移行があります。この社会では、ITの利活用能力が企業の競争優位性を左右する鍵を握るようになりました。PGL3.1にも「ITを常に念頭に入れる(IT徹底利活用の原則)」という類似の原則がありましたが、PGL4.0ではこの概念を「デジタルシフトの原則」としてさらに深化させています。
これは、単にITシステムを導入するだけでなく、データとITの融合が不可欠であることを強調しています(p.9上から4行目)。企業は、この変化を脅威ではなくチャンスと捉え、データとITの利活用による限りない広がりを理解し、共有することが重要です。
PGL4.0の序文では、経営におけるITの重要性が繰り返し述べられています(最初のページ「はじめに」)。ITは予想を遥かに超えるスピードで進化しており、クラウドシステム、IoT、生成AIなどの利活用形態も大きく変化しています。これらの技術は新たなビジネスモデルの創出だけでなく、人々の働き方にも影響を与え、ITとの付き合い方を根本から考え直す存在となっています。
デジタル経営は、データとITを徹底的に利活用して、仮説検証を繰り返しながら新たな価値を実現していくものです(p.4中央付近)。ITコーディネータ(ITC)は、ITを単なる道具と捉える企業に対し、デジタル経営の重要性を説き、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を力強く推進する役割を担っています(p.2上半分)。データとデジタル技術の活用はもはや必須であり、その議論を後回しにすることはできません。
ITコーディネータ制度は2000年代初頭に創設されましたが、その本質は、ITを活用して企業の経営課題を解決し、変革を支援することにあります。これは、現在注目されている「DX(デジタルトランスフォーメーション)」――すなわち、ITを単なる効率化ツールではなく、企業変革の原動力として活用する取り組み――の定義や目指す方向性と強く重なります。そうした観点からすれば、ITコーディネータはまさに、DXを推進するうえでの支援者・ファシリテータとして、重要な役割を果たすべき存在であると言えるでしょう。
実務での活用:データとITを常に念頭に置く実践
ITCは、この「データとITを常に念頭に(デジタルシフトの原則)」を実務でどのように支援していくべきでしょうか。
- データとIT利活用方針の定義の支援(P2-タスク4):
ITCは、デジタル経営戦略プロセス(P2)において、ITをはじめとするデジタル技術が中長期的に経営や事業にどのように貢献するか、全社的なデータ利活用の方針、必要なデータ基盤整備やITアーキテクチャの方針を定義する支援を行います(p.46下部)。これは、データとITの議論を経営戦略の初期段階から組み込むことを意味します。 - ITトレンド・デジタル環境情報収集の重視(P2-タスク1-③):
経営者はITを使いこなし、成果を上げるためにリーダーシップを発揮することが問われます。ITCは、経営者がITに関する新たな技術やソリューションの動向、競合他社のIT投資、ITを利活用した新たなビジネスモデル、そして社内で保有する全ての利活用可能なデータなどの情報を常に収集し、経営の方向性を検討するよう支援します(p.44中央部)。 - データ駆動型アプローチの推進:
- 提供価値検証プロセス(P6)でのデータ活用:
価値創造は、サービス提供で終わりではなく、その価値が実際に実現されたかをデータに基づいて検証し、次の活動に繋げる「提供価値検証プロセス(P6)」が重要です。ITCは、ITサービス利活用の状況、業務工程や手順、そして最終的な提供価値が計画通りであったかを、利用者数、利用頻度、ユーザーエンゲージメント、サービスレベルの遵守状況といった定量データと、アンケートやインタビューで得られた顧客の声という定性データの両面から検証することを支援します(p.90-91)。特に、データに基づく意思決定が重要であるとされており、正確なデータの収集と分析を促します(p.84、前工程ですがP5-1のタスク4(あるいはその前のタスク3も)も参照ください)。 - モニタリング&コントロール(CB-3)でのデータ組み込み:
ITCは、デジタル経営共通基盤(CB)のアクティビティである「モニタリング&コントロール(CB-3)」において、パフォーマンスデータを収集、分析、評価し、改善領域や是正措置領域を示す支援を行います(p.109~)。リアルタイムなモニタリング&コントロールを可能にするため、業務システムの中にデータ収集・蓄積のメカニズムを組み込む(ビルトインする)ことを推奨します(p.110の下から5行目あたり)。 - 仮説検証型アプローチでのデータ活用:
新しいITサービスや新規事業開発のように顧客ニーズが不明確な場合、「仮説・検証型」アプローチが推奨されます。ITCは、プロトタイプやMVP(Minimum Viable Product)を試運用し、顧客からのフィードバックや利用状況などのデータを得ながら、素早く機能や業務運用を確定・改善していくよう助言・支援します。この際、初期計画にこだわり過ぎず、ユーザーからの評価やデータのフィードバックをもとに開発や運用を行うことが重要です(p.57上)。
- 提供価値検証プロセス(P6)でのデータ活用:
- デジタルリテラシーの向上支援:デジタルシフトの原則の定義にもあるように、ITCは、従業員のデジタルリテラシーを向上させ、ITとデータ利活用が価値実現にどのようなインパクトをもたらすかを従業員がイメージできるように支援します(p.24)。これは、組織全体の変革を推進し、デジタル経営の実現に不可欠です。
研修・試験との関連性
「データとITを常に念頭に(デジタルシフトの原則)」は、PGL4.0の試験やケース研修において、ITCがデータとITを経営の中心に据え、戦略的に活用する能力を問う重要なテーマです。
- PGL4.0の全体像の理解:
PGL4.0が「データ駆動型デジタル社会」における「デジタル経営」の指針であることを理解しているか。デジタル経営の定義に「データとITの利活用による経営変革」が含まれること。 - 10の基本原則の理解:
特に「データとITを常に念頭に(デジタルシフトの原則)」の定義とその重要性を問う問題が出題される可能性があります。また、「データ重視の意思決定へ(ファクトベースの原則)」とも密接に関連します。 - 各プロセスでのデータ・ITの役割:
- デジタル経営実行計画プロセス(P3):
顧客価値やビジネスモデルを実現するためのサービス・製品定義において、ITやデータ利活用の方向性を明確にする能力(p.62)。 - 提供価値検証プロセス(P6):
価値実現の評価において、データに基づく検証の重要性とその具体的な方法(定量・定性データの収集と活用)(p.90)。ITコーディネータ協会が提供しているサンプル問題の問題8では、提供価値検証プロセスにおける検証対象として、ITサービス利活用者の利用者数や利用頻度、ITサービスの使いやすさに関する意見、ITサービス提供による問題解決の寄与状況が問われています。 - デジタル経営共通基盤(CB)の活動:
特に「モニタリング&コントロール(CB-3)」や「セキュリティ(CB-4)」におけるデータの収集、分析、活用に関する理解が問われることがあります(CB-3はp.109, CB-4はp.113)。サンプル問題の問題11(特に解説)では、モニタリングとコントロールにおけるパフォーマンス指標の確認方法が問われています。
- デジタル経営実行計画プロセス(P3):
この原則は、ITCが単なるITの専門家ではなく、データとデジタル技術を駆使して企業の変革をリードし、新たな価値を創造する「価値創出型支援者」として機能するために、常に意識すべき行動規範の核心を示しています。
まとめ
「データとITを常に念頭に(デジタルシフトの原則)」は、デジタル経営を成功させるための基盤となる考え方です。変化の激しい時代において、企業がデータとITを戦略的に活用し、その議論を後回しにしないことは、持続的な成長と新たな価値創造を実現するために不可欠です。ITCは、この原則を深く理解し、顧客企業がデータとITを最大限に活用できるようなマインドセットと環境を構築できるよう、強力に支援していくことが求められます。
次回は、「基本原則5:全体視点で捉える(全体最適の原則)」について解説します。