デジタル化が急速に進展し、市場と顧客のニーズが多様化する現代において、企業が持続的に成長し、存在価値を高めていくためには、単にITを導入するだけでなく、顧客が真に求める価値とは何かを深く理解し、それを創造し続けることが不可欠です。PGL4.0は、この「顧客価値を問い続ける」ことを基本原則の一つに掲げ、ITCがその実現を支援する行動規範を示しています。
基本原則の定義
PGL4.0において「顧客価値を問い続ける(価値創造の原則)」は、以下のように定義されています(PGL4.0 p.24、以下引用元はPGL4.0)。原文を咀嚼し易くするために、あえて箇条書きにしてみます。まずは前提として「価値重視の発想へ転換する」ことを述べていて、その要諦は以下の4点になります。
- ビジョンやパーパスを起点に、提供すべき価値を構想・設計する。
- デジタル技術を活用し、顧客価値を創出・高度化する。
- 外部と連携し、新たなバリューチェーンを構築して価値を実現する。
- 価値創出に必要な新たなスキルや人材を確保する。
これを実現することで、「顧客の「困りごと」や「願望」を見つけ、解決する。顧客から得られた情報を、新たな価値創造に結びつける。」のがここでの原則の定義になります。
具体的な困りごとや願望の例は、p.64のP3(デジタル経営実行計画プロセス)のタスク2「現状業務・システムの調査・分析」の中で、ユーザーが苦痛に感じていることや達成したいこと、といった言葉で表現されていますので(ページ下部の箇条書き)、併せて確認いただければと思います。
なぜ今、この原則が重要なのか?
PGL4.0が「デジタル経営」を推進するための指針として改訂された背景には、「データ駆動型デジタル社会」において「価値実現をいかに果たしていくか」という問いがあります。PGL4.0は、デジタル経営の目標を明確に「顧客価値の創出(=創造+実現)」としています。
PGL3.1にも「提供価値を問い続ける(価値創造の原則)」は存在していましたが、PGL4.0ではこの概念をさらに深化させ、その実現を確実にするための具体的なプロセスとメカニズムを組み込んでいます。特に、「提供価値検証プロセス(P6)」が新たに設けられたことは、価値創造に対するPGL4.0の強いコミットメントを示しています。これは、単に計画を立てて実行するだけでなく、価値が実際に実現されたかを検証し、その結果を次の活動に繋げるという、より実践的なアプローチを求めているためです。
従来の企業経営では、しばしば「企業価値」、すなわち「儲かるかどうか」が優先されがちでした。しかし、PGL4.0は、「顧客価値優先で考える」ことへのシフトを強調しています。顧客価値とは、企業が提供する製品やサービスが、顧客の抱える課題や欲求を解決し、便益を与える状態(Problem-Solution Fit)であると定義されています。この顧客価値の向上が、結果として事業価値や企業価値の向上に繋がるという考え方が、PGL4.0の根底にあります。
実務での活用:顧客価値を問い続ける実践
ITCは、この「顧客価値を問い続ける(価値創造の原則)」を実務でどのように支援していくべきでしょうか。
顧客の「困りごと」や「願望」を見つけ、解決する支援
- ユーザー調査の徹底:
ITCは、デジタル経営実行計画プロセス(P3)の「現状業務・システムの調査・分析」アクティビティにおいて、ユーザー調査を重視します(p.64上段)。顧客は単に製品やサービスを購入するだけでなく、自身の悩みや問題を解決し、リスクを回避することを求めているため、その行動や感情を深く理解することが、価値提供の出発点となります。 - ペルソナとカスタマー・ジョブの活用:
ITCは、具体的な顧客像(ペルソナ)を定義し、顧客が「達成したいこと(カスタマー・ジョブ)」、「喜び・満足を感じるもの」、「障害・苦痛に感じること」、そして「競合の解決課題・未解決課題」といった多角的な観点から調査を行うことを支援します(ペルソナについてはp.64中央付近、②ユーザー調査の2段落目。下部の箇条書きも参照)。 - 仮説検証型アプローチの適用:
特にITを使った新規事業や新しいサービス開発など、顧客ニーズが不明確な場合には、最初から精緻な計画を立てるのではなく、プロトタイプやMVP(Minimum Viable Product)を開発し、試運用を通じて顧客からのフィードバックを得ながら、仮説を検証し、素早く機能や業務運用を確定・改善していく「仮説・検証型」アプローチを適用するよう助言・支援します(p.4, p.19, p.40の図(仮説検証はP2のタスク1と価値実現サイクル(C2)を相互につないでいます)。
顧客から得られた情報を、新たな価値創造に結び付ける支援
- 提供価値検証プロセス(P6)の推進:
価値創造は、サービス提供で終わりではありません。ITCは、価値実現サイクル(C2)の最終プロセスである「提供価値検証プロセス(P6)」において、ITサービス利活用の状況、業務工程や手順、そして最終的な提供価値が計画通りであったかを検証することを支援します(p.90-93)。 - フィードバックの活用と次なる変革への繋ぎ込み:
P6で収集された利用者数、利用頻度、ユーザーエンゲージメント、サービスレベルの遵守状況、そしてアンケートやインタビューで得られた顧客の声は、単なる結果報告に留めず、具体的な改善策や優先順位付けに活用されます(p.92)。この情報は、デジタル経営実行計画プロセス(P3)へとフィードバックされ、次の価値実現サイクルで計画の見直しが行われ、より高付加価値なバリューチェーンの実現へと繋げられます(p.93)。 - 「戦略と実行を合わせる(戦略実行整合の原則)」との連携:
顧客価値の追求は、経営戦略と実行が常に整合していることが前提です(p.25下部、基本原則8)。ITCは、価値実現が経営戦略から遊離しないよう、モニタリングし、必要に応じて戦略や実現価値の見直しを提言します。
研修・試験との関連性
「顧客価値を問い続ける(価値創造の原則)」は、PGL4.0の試験やケース研修において、ITCが顧客視点に立って価値を創造し、それを継続的に改善していく能力を問う重要な要素です。
- デジタル経営における「価値」の理解: PGL4.0における「顧客価値」、「事業価値」、「企業価値」、「社会価値」の定義と、それらの関係性を理解しているかが問われます(p.4-5)。例えば、ITコーディネータ協会が提供している試験向けのサンプル問題(問題4)では、デジタル経営における「顧客価値」の定義が問われています。
- 価値実現サイクルの理解と活用: 価値実現サイクル(C2)を構成する各プロセス(P3, P4, P5, P6)の役割と連携、特に提供価値検証プロセス(P6)がどのように価値創造と改善に貢献するかが問われるでしょう。上述したサンプル問題の問題20では、システム導入後の業務上の課題に対し、業務プロセス全体の見直しと顧客価値提供の視点から解決策を導き出す能力が問われています。
- 仮説検証型アプローチ: 新規サービス開発における「仮説・検証型」の適用とその意義が問われる可能性があります。ITCは、顧客ニーズが不確実な状況で、いかに効率的かつ効果的に価値を創造していくかを理解している必要があります。
- ユーザー調査とフィードバック: ユーザーの声の収集方法(ユーザーインタビュー、アンケートなど)や、そのフィードバックをどのように分析し、次の改善活動に繋げるかといった実践的な内容も重要です(p.57, 92)。
この原則は、ITCが単なるITの導入支援者ではなく、顧客の真のパートナーとして、その「困りごと」や「願望」に寄り添い、ITとデータを活用して新たな価値を創造し続ける「価値創出型支援者」であることの核心を示しています。
まとめ
「顧客価値を問い続ける(価値創造の原則)」は、デジタル経営において企業が持続的に成長するための羅針盤です。経営者は常に顧客の「困りごと」や「願望」に耳を傾け、ITとデータを最大限に利活用して価値を創造し、その実現度合いを検証し続ける必要があります。ITCは、この一連の活動を深く理解し、企業が顧客視点での価値創造サイクルを高速で回せるよう、強力に支援していくことが求められます。
次回は、「基本原則4:データとITを常に念頭に(デジタルシフトの原則)」について解説します。