【第5回】基本原則2:イノベーションの原則

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前回は、デジタル経営を推進するリーダーが「思い」や「方針」を的確に伝え、結果に責任を負う「説明責任を果たす(リーダーシップの原則)」について解説しました。リーダーシップが変革の礎となることをご理解いただけたかと思います。

今回は、そのリーダーシップの下、企業が予測不可能な変化の時代を生き抜き、成長していくための核心となる原則、「変化をチャンスに変える(イノベーションの原則)」に焦点を当てていきます。

原則の定義

PGL4.0において「変化をチャンスに変える(イノベーションの原則)」は、概略以下のように定義されています。

「変化の本質を見極めチャンスに変え、過去の成功に囚われずにアイデアを発想し、事業を構想・実行する。併せて、改革やイノベーションを発想・構想・実行するためのスキルを習得する。」

(出典:ITコーディネータプロセスガイドライン Ver.4.0 p.24より要約)

なぜ今、この原則が重要なのか?

PGL4.0は、「外部環境の変化が激しいデジタル社会」において、企業がIT利活用とビジネスモデル変革を推進し、存在価値を高めていくための指針として位置づけられています。ITの技術革新は予想をはるかに超えたスピードで進化し、ビジネスモデルや働き方に大きな変化をもたらしています。

PGL3.1にも「環境変化洞察の原則」がありましたが、PGL4.0では、単に変化を察知するだけでなく、その変化を積極的に「チャンスに変える」という、より能動的な姿勢を求めています。これは、2016年頃には「持続的イノベーション」が議論の中心だったのに対し、PGL4.0が発行された2024年時点で「破壊的イノベーションも常識」となっている社会状況の変化を反映しています。企業はもはや「緩やかな改革」に身を委ねるだけでは存続が脅かされる時代に突入しており、経営の変革が余儀なくされています。

PGL4.0が「単なる試験対策の資料ではなく、ITCが“価値創出型”支援者に変わるための行動規範」であるとされているのは、まさにこの原則が示す、変化を恐れず新たな価値を創造していく重要性を強調しているからです。データとITの利活用が必須となり、自前主義ではイノベーションに対応できない現代において、いかにして変化を捉え、それをビジネスの成長につなげるかが企業の命運を握っています。

実務での活用:変化をチャンスに変える実践

ITCは、この「変化をチャンスに変える(イノベーションの原則)」を実務でどのように支援していくべきでしょうか。

「気づき」の感度を高める支援

企業が環境変化の兆候をいち早く捉えられるよう、ITCは経営者とともに情報収集の仕組みを構築します。PGL4.0では、経営者が自らの人的ネットワークを活用し、情報感度を高めることが求められています。従業員も自身の分野で情報収集に努め、気づきや新たな価値の発見につなげられるよう、ITCは組織学習(CB-5)の取り組みを支援し、社外活動や副業等を通じた創発的活動を促す文化の醸成を支援します。

ITCは、変革認識アクティビティ(P1-1)において、外部環境の情報を収集・分析し、変革の可能性を発見するプロセスを支援します。

アイデア発想と構想の具体化支援

「変化の可能性を発見」するためには、従来の観点だけでは難しく、外部からの情報、観点、考え方を取り入れることが重要です。ITCは、同業他社や異業種と連携したオープンイノベーション、公募により広く参加者を集めるアイディアソンハッカソンの実施など、新しいアイデアを創出するための多様な手段を提案し、その実行を支援します。

発見された変革の可能性は「変革構想書」として可視化され、ステークホルダーを意識した明瞭なストーリーにまとめられることが鍵となります。ITCは、この構想が従業員の共感を得られ、具体的な行動につながるよう、その策定と浸透を支援します。

仮説検証型アプローチによる事業の構想・実行支援

現代の環境下では、緻密な計画を立ててから実行に移す従来の「計画・実行型」だけでは対応が困難な場合があります。ITCは、ITを使った新規事業や新しいサービス開発など、要求の不確定性が高い変革テーマに対して、「仮説・検証型」のアプローチを適用することを支援します。

具体的には、デジタル経営実行計画プロセス(P3)で仮説に基づいた計画を立て、IT開発・導入プロセス(P4)でプロトタイピングや最低限の機能(MVP*)を準備し、価値提供・運用プロセス(P5)で試運用を通じてデータを収集します。そして、提供価値検証プロセス(P6)で仮説を検証し、素早く機能や業務運用を確定・改善していくサイクルを回すことで、市場の変化に俊敏に対応しながら価値を高めていきます。

*MVP:Minimum Viable Product(実行可能な(=viable)最小限の機能を持った製品)。最初からフル機能を作り込まずに、ユーザーのフィードバックを得ながらブラッシュアップしていくことで、コスパに優れた開発を行うことができます。

ケース研修・試験との関連性

「変化をチャンスに変える(イノベーションの原則)」は、PGL4.0の試験やケース研修において、ITCの実践的な判断力と変革推進能力を問う重要なテーマとなります。

  • 変革認識と機会発見: 変革・成長プロセス(P1)の「変革認識アクティビティ(P1-1)」や「変革の可能性を発見」タスクに関する問題が出題される可能性が高いです。特に、VUCA時代における外部環境の変化をどのように捉え、そこから新たな事業機会や顧客価値を導き出すかというシナリオ問題が予想されます。当サイトで公開している練習問題では、この観点からの問題をいくつか出していますし、ITコーディネータ協会が提供しているPGL4.0のサンプル問題の問題2でも、この考え方が問われています。
  • イノベーション推進のアプローチ: 「仮説・検証型」と「計画・実行型」の使い分けや、PoC(概念実証)、MVP(必要最小限の機能)、プロトタイピングといったアジャイルな開発手法の理解が問われるでしょう。当サイトの練習問題でも取り上げています。
  • 組織文化とマインドセット: 変化を恐れずチャレンジできる組織風土の醸成や、過去の成功体験に囚われない思考といった、イノベーションを支える経営マインドや企業文化の重要性も問われる可能性があります。

この原則は、PGL4.0がITCに「変化に対応し価値を創造する」プロフェッショナルとしての役割を期待していることを強く示しています。単なる知識だけでなく、変化の本質を見極め、それをチャンスに変えるための具体的な行動と、その推進を支援する能力が求められます。

まとめ

「変化をチャンスに変える(イノベーションの原則)」は、デジタル社会で企業が持続的に成長するための不可欠な要素です。リーダーは変化の兆候を捉え、過去の成功に囚われずに新たなアイデアを発想し、仮説検証型のアプローチで事業を構想・実行することが求められます。ITCは、このプロセスを支援し、企業が変化を味方につけ、新たな価値を創造できるよう伴走する、まさに「価値創出型支援者」としての役割を果たすことが期待されています。

次回は、「基本原則3:顧客価値を問い続ける(価値創造の原則)」について解説します。

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