【第8回】基本原則5:全体最適の原則

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ITコーディネータ協会の「ITコーディネータプロセスガイドライン Ver.4.0(PGL4.0)」は、外部環境の激しい変化に対応し、企業がデジタル社会で存在価値を高めていくための「実行基準(プロセス)」と「判断基準(基本原則)」を示しています。PGL4.0では、旧版の7つ(全体で51)の原則から「10の基本原則」に再編されており、今回はその中から「基本原則5:全体視点で捉える(全体最適の原則)」について解説します。

基本原則の定義と背景

「全体視点で捉える(全体最適の原則)」は、「あらゆる局面で、個別議論に陥らず、全体視点で考える習慣をつける」ことと定義されています(PGL4.0 24ページ)。

この原則の背景には、個々の専門性への固執が、組織全体の不整合や「時代遅れ、社会価値とのずれ、思い込み等」による道の踏み外しにつながるリスクがあるという認識があります。したがって、この原則は、部分的な視点に囚われず、常に全体を俯瞰し、個別と全体のバランスを取りながら最適な方向性を見定めることの重要性を強調しています。

余談ですが、PGLにはところどころに特徴的な言い回しが見受けられます。たとえばここで出てくる「道の踏み外し」や「徹底的な利活用」、あるいは「無謀な事業戦略」などが挙げられます。こうした熱量のある表現には、実務の現場で直面する厳しさや、そこから得られた切実な学びが反映されているように感じられます。
学習する立場としては、こうした印象的な言葉、いわゆるパワーワードは記憶に残りやすく、理解の手がかりにもなりますので、ぜひ積極的に活用してみてください。

デジタル時代における「全体最適」

PGL4.0は、デジタル時代におけるこの原則の重要性を特に強調しています。単に既存の業務やシステムを最適化するだけでなく、「デジタルが創り出す新たな全体を見落としてはいけない」とされています(p.24最下部)。デジタル技術を最大限に「利活用」することで、これまでにない「新たな価値の連鎖(バリューチェーン)を創造することができる」と述べられています。

これは、ITコーディネータやデジタル経営の推進者が、個々のプロジェクトや部門の最適化だけでなく、デジタル技術を活用した新たなビジネスモデルの創出や、企業エコシステム全体の変革までを見据える必要があることを意味します。例えば、IoTや生成AIの活用といった最新技術は、既存の枠を超えた「新たなビジネスモデル」や「人々の働き方」を根本から変えうる存在であり、これをチャンスと捉えるには全体視点が不可欠です。

PGL3.1との比較

旧版の「IT経営推進プロセスガイドライン Ver.3.1」にも「全体視点で考える(全体最適の原則)」は存在し、「社内外のリソースやサービスを有機的に結合し全体最適を目指す」とされていました。PGL4.0では、その本質を受け継ぎつつ、「デジタルが創り出す新たな全体」や「新たな価値の連鎖」といった、デジタル社会特有の側面を明示的に加えることで、この原則の適用範囲と重要性をより鮮明に打ち出しています。

ITコーディネータの実践

ITコーディネータは、変革構想の立案からシステム導入、評価、改善までを一貫して推進・支援するプロフェッショナル人材です。その役割を果たす上で、「全体視点で捉える(全体最適の原則)」は、以下の実践に不可欠です。

  • 個別最適の回避: 各部門やプロジェクトが自身の目標達成のみに注力し、「個別最適」に陥ることを防ぎ、常に企業全体のデジタル経営戦略との整合性を図る必要があります。
  • ステークホルダー間の調整: 経営者、デジタル経営推進者、開発リーダー、運用リーダー、デジタル経営支援者といった多様な「登場人物」が連携し、それぞれの専門性を活かしつつも、共通の目標に向けて「全体最適」の視点で協力することが求められます。
  • 新たな価値創造への貢献: デジタル技術は「新たな価値」を生み出すエンジンであり、ITコーディネータは、その技術が企業全体、ひいては社会全体にどのような価値をもたらすかを常に問い続け、「価値の発見や認識を起点として」戦略を策定する支援を行います。

「全体視点で捉える(全体最適の原則)」は、デジタル経営を成功に導くための羅針盤の一部であり、ITコーディネータが企業を持続的な成長へと導くために、常に心に留めるべき重要な指針と言えるでしょう。

次回は、「基本原則6:自前主義から共創へ(オープンな共創の原則)」について解説します。

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