企業経営の健全性を測る際、売上や利益だけでは見えてこない「真の稼ぎ」があります。それが付加価値です。労働分配率をはじめとする各種指標を組み合わせることで、自社が抱える課題が「生産性」にあるのか、「分配」にあるのかを明確に切り分けることができます。
代表的な指標である「労働分配率」は、単独で見るだけでは不十分です。労働生産性や資本分配率といった関連指標とセットで読み解くことで、自社の課題が「稼ぐ力(生産性)」にあるのか、「分け方(分配バランス)」にあるのかがはっきりと見えてきます。
本記事では、付加価値を中心とした主要指標の読み解き方から、具体的な改善事例までをわかりやすく解説します。自社の健康診断を行う感覚で、ぜひ最後まで読み進めてみてください。
付加価値の算出方法:3つのアプローチ
まず、分析の土台となる「付加価値」をどう定義するかを確認しましょう。
- 日銀方式(加算法):人件費、経常利益、減価償却費、金融費用、租税公課を足し合わせます。「誰にどれだけ配分されたか」を把握するのに適しています。
- 中小企業庁方式(控除法):売上高から外部購入費用(材料費や外注費)を差し引く、シンプルな考え方です。
- 簡易式(限定的な加算法): 積み上げる項目を主要な3項目に絞ることで、現場のデータから即座に経営判断を下すためのスピード優先の考え方です。
これらの算出方法についてまとめた記事はこちら。
このようにして算出された付加価値を用いて、以下のように効率性や価値分配の程度といった指標を導き出すことができます。
稼ぐ力を測る「効率性指標」
付加価値を「生み出す」段階の効率をチェックする指標です。
| 指標名 | 計算式 | 意味すること |
| 労働生産性 | 付加価値 ÷ 従業者数 | 1人あたりが稼ぐ力。労働分配率を見る前に、まずこの数字が業界標準を満たしているかを確認します。 |
| 売上高付加価値率 | 付加価値 ÷ 売上高 | ビジネスモデルの収益性。粗利益率に近く、加工度や独自価値が高いほど向上します。 |
分け前を測る「分配指標」
生み出した付加価値を「どう分けたか」を分析する指標です。
| 指標名 | 計算式 | 意味すること |
| 労働分配率 | 人件費 ÷ 付加価値 | 付加価値のうち、どれだけを従業員に還元したか。(この値が高いと、うまく還元できていないことになるが、高すぎても低すぎても良くない) |
| 資本分配率 | 営業余剰 ÷ 付加価値 | 労働分配率の対となる指標。こちらは人に対してではなく、付加価値が設備投資や内部留保、利子支払いに回る割合です。 |
| 一人当たり人件費 | 人件費 ÷ 従業者数 | 社員の平均給与水準。労働生産性が高くても、ここが低すぎると離職リスクが高まります。 |
指標をセットで活用する「診断のポイント」
労働分配率が「高い」という結果が出たとき、以下の2つの視点で原因を切り分けます。
- 「生産性の低さ」が原因の場合(分母の課題)労働分配率が高く、かつ労働生産性が低い状態。人件費が高いのではなく、そもそも「稼ぎ」が足りていません。DXによる効率化や、単価アップの施策が必要です。
- 「給与水準の高さ」が原因の場合(分子の課題)労働生産性は高いが、それを上回るスピードで人件費が増えている状態。採用計画や昇給ルールの見直し、または付加価値をさらに高める投資へのシフトが必要です。
💡Point: 労働分配率だけを下げようとするとモチベーション低下を招きます。常に「労働生産性(稼ぐ力)」とのセットで議論することが重要です。
労働生産性 × 労働分配率のマトリクス
労働分配率が高い・低いという結果だけで判断せず、生産性と組み合わせて4つのパターンで診断します。
| パターン | 特徴と診断 | 対策の方向性 |
| 高付加価値・適正分配 | 生産性が高く、分配も安定。理想的な経営状態。 | 成長投資の継続、人材確保。 |
| 高付加価値・低分配 | 稼いでいるが還元が少ない。離職のリスクあり。 | 給与アップ、福利厚生の充実。 |
| 低付加価値・高分配 | 稼ぎ以上に払っている。赤字転落の危険大。 | 最優先で生産性の向上(DX/値上げ)。 |
| 低付加価値・低分配 | 会社も従業員も余裕がない。ビジネスモデルの限界。 | 事業構造の抜本的な改革。 |
業界別に見る付加価値指標の目安
付加価値の構造は業界や企業規模によって大きく異なります。以下は、中小企業の業種別の指標の目安です。自社の数値を比較する際のベンチマークとして活用してください。
表:中小企業の業種別・付加価値系指標の目安
| 業種 | 労働生産性(万円/人) | 労働分配率(%) | 特徴と傾向 |
| 製造業 | 550 〜 850 | 70 〜 80% | 技術力はあるが、資材高騰の価格転嫁が課題。分配率は大企業より20%以上高い。 |
| 卸売・小売業 | 350 〜 550 | 75 〜 85% | 利益率が低く、人手不足による賃金上昇が分配率を押し上げている。 |
| 情報通信業 | 850 〜 1,100 | 65 〜 75% | 中小企業の中では生産性が高いが、エンジニアの採用競争により人件費負担も増大。 |
| サービス業 | 300 〜 450 | 80 〜 90% | 最も労働集約的。付加価値のほとんどが人件費に回る「高分配・低生産性」構造。 |
※本表の数値レンジは、以下の各種公的統計に示される分布や中央値をもとにした目安であり、業種・企業個別の状況により変動します。
・厚生労働省『ユースフル労働統計2024』および『令和6年版 労働経済の分析』
・中小企業庁『中小企業白書 2025年版』第1-1-56図(労働分配率の推移)
・経済産業省『令和5年 中小企業実態基本調査(令和4年度実績)』
なぜ中小企業の「労働分配率」が高くなるのか?
大企業・中堅企業より中小企業の労働分配率が高めに出るのには、以下のような理由があります。
- 「固定費」としての最低限の人件費: 売上規模が小さくても、事業を回すために必要な「最低限の人数」が決まっているため、付加価値に対する人件費の割合が相対的に高くなりやすい。(➡規模が小さくても最低限のスタッフは必要)
- 労働集約的なビジネス: 大企業ほど大規模な設備投資(自動化)が進んでいないため、人の手に頼る部分が多く、付加価値の多くが人件費として分配される。(➡設備投資が少ない分、付加価値は「人」に分配される)
- 利益(営業余剰)の圧縮: 中小企業は価格交渉力が弱く、外部購入費用を価格に転嫁しきれない場合があるため、分母の「付加価値」自体が小さくなり、結果として分配率が跳ね上がる。(➡仕入れ値が上がっても価格に転嫁しきれず、分母(付加価値)が小さくなるため、比率が上がってしまう)
指標活用のステップ
実務で付加価値ベースの指標を用いた分析をする場合の手順は、以下のようになります。
- 直近3期の決算書から「付加価値」を算出する
- 労働生産性と労働分配率を計算し、前述のマトリクスに当てはめる(業界・企業規模は精査の上)
- 「一人当たり人件費」が業界平均を下回っていないか確認する
- 生産性が低い場合は、売上単価の向上か、外部購入費用の削減を検討する
ここで注意いただきたいのは、「労働分配率を下げること=人件費を削減することではない」ということです。生産性を上げ、みんなの給料(=一人当たりの人件費)を上げつつ、分配率を適正に保つことを目標にするとよいでしょう。
また、自社が過去と比べて、給料を上げつつ分配率を維持(または低下)できているか、という推移を見ることも重要です。
実践編・付加価値を改善した成功事例
指標を算出した後、具体的にどう動くべきか。2つの典型的な成功パターンを紹介します。
【製造業・卸売業】「売上高付加価値率」を改善した事例
- 課題: 売上は立っているが、原材料費の高騰で利益(付加価値)が圧迫され、労働分配率が80%を超えていた。
- 対策: * 控除法(中小企業庁式)の視点で分析し、外部購入費用を削減。
- 付加価値 = 売上高 - 外部購入費用(材料費、外注費、購入部品費など)で計算。
- 単なる「相見積もり」だけでなく、内製化を進めて外注費を抑制。
- 低利益な商品ラインを廃止し、独自技術を活かした高単価商品へシフト。
- 結果: 売上高付加価値率が15%向上。労働生産性が上がり、分配率が50%台の適正水準へ。
💡控除法(中小企業庁方式)のメリット: 「自分たちでどれだけ価値を積み上げたか」がシンプルに分かります。
💡改善のヒント: この数字を増やすには、「販売価格を上げる(単価アップ)」か「仕入れ・外注費を抑える(内製化や効率化)」のどちらかしかないことが一目で分かります。
【サービス業・IT業】「労働生産性」を改善した事例
- 課題: 慢性的な長時間労働。労働分配率は低い(=還元が少ない)が、一人当たり人件費も低く、離職者が絶えない。
- 対策: * 労働生産性(付加価値÷従業員数)を最優先指標に設定。
- RPAや生成AIの導入により、定型業務を自動化。
- 浮いた時間でコンサルティング等の高付加価値業務に注力。
- 結果: 1人あたりの稼ぐ力が20%アップ。その余剰を昇給に充てることで「一人当たり人件費」を改善し、定着率が向上。
分析をスマートにする「おすすめツール」の選び方
付加価値の分析をExcelで手入力し続けるのは大変です。最新のツールを活用して、「リアルタイム経営分析」を実現しましょう。
| ツールの種類 | 特徴 | 向いている企業 |
| クラウド会計ソフト | マネーフォワード等。自動で付加価値や分配率をグラフ化。 | 手軽に全体像を把握したい中小企業。 |
| ERP(統合基幹システム) | 案件・プロジェクトごとの原価と人件費を紐づけて分析可能。 | プロジェクト型ビジネス、中規模以上の企業。 |
| 経営管理BIツール | 予算と実績を比較し、「なぜ生産性が落ちたか」を深掘り。 | 複数の事業部があり、詳細な分析が必要な企業。 |
まとめ
ここまで見てきてお分かりのように「労働分配率が高い」、というのはある意味では”表面的な数字”である、とも言えます。これに一喜一憂するよりも、大切なのは、それが「未来への投資(人件費増)」なのか「効率の低下(生産性減)」なのかを見極めることです。今回ご紹介した付加価値指標を健康診断のように定期的にチェックすることで、強い組織への道筋が見えてきます。
付加価値の計算方法3種について解説した記事はこちら。
