◆不遇のフレームワーク「4C」
マーケティングの教科書を読んでいると、かなり最初の方に、「マーケティングミックス」という考え方が出てきます。これはマーケティングの4P(ヨンピー、あるいはフォーピー)、というとても有名な、そしてよくできたフレームワークで、まずマーケティングの代名詞と言っても過言ではないくらい定着しています。
一方で、その次くらいのページに、これまたマーケティングのフレームワークとして「4C」なるものが出てきます。曰く、4Pは売り手視点に偏っているのであって、顧客視点が不足している。よってこれからは4Pではなく顧客視点をとりいれた4Cを使うべきである。…みたいな論調で取り上げられていて、これを(かつての私のような)マーケター初学者はふむふむと感心しながら覚えるわけです。
しかし、経営の現場では、圧倒的に4Pが使われており、4Cが出てくることはそれに比べると限定的であるように感じます。「4P」がよく知られている一方で、4Pより優れているはずの「4C」はなぜここまで定着しなかったのでしょうか。
はじめに:4Pと4Cの「非対称な関係」
先ほども申し上げたように、マーケティングの基本的なフレームワークといえば、「4P(Product, Price, Place, Promotion)」です。それぞれ、製品、価格、流通および販売地点、拡販を意味します。
1960年にエドモンド・J・マッカーシーという人に提唱されて以来(そしてコトラーが広めて以来)、現在に至るまで幅広く活用されているツールです。
その後、1990年代になると「顧客視点」の重要性が強調され、「4Pは売り手側の論理に偏っている」として登場したのが、ロバート・ラウターボーンによる「4Cモデル」でした。
4Cは、4Pの各要素と対応する、というように説明されています。
- Customer Value(顧客にとっての価値) … 4Pの「Product(製品)」に対応
- Cost(顧客が負担するコスト) … 4Pの「Price(価格)」に対応
- Convenience(利便性) … 4Pの「Place(流通・販売地点)」に対応
- Communication(双方向の関係性) … 4Pの「Promotion(拡販)」に対応
確かに、4Pを「顧客の目線から再定義した」ようにも見えるこの4Cモデルですが、上記でも触れたように、実際にはビジネスの現場で4Pと並ぶほどには浸透していません。
その理由について、以下で整理してみたいと思います。まずは、4Pの方について、その優れている点を書き出してみます。
💡4Cの定義は文献により多少揺らぎがあります。Customer ValueはCustomer Solutionや Consumerとする場合もありますし、Cost に Customer CostとCustomerが付いたりします。
4Pの優れている点
特に4Cと比較して、4Pには以下のような優れた点があります。
- 売り手が考えるべき施策に直接紐づいている。言い方を変えるなら、そのまま組織名にできる。
- 語感が良い。Pで始まる単語の4段活用のようなリズムで、口ずさんで覚えられる。
- MECEになっている。(4つの項目ですべてを言い表すことができ、かつ、各項目間で重複している範囲も(ほぼ)ない)
一方で4Cには、次で示すような構造的な問題があります。
💡「MECE」など用語については、このページの最下部で説明していますのでご参照ください。
4Pと4Cの「非対称な関係」
上記のように、4Pはマーケティング施策をかなり漏れなくダブりなく言い表しているのに対して、4Cはちょっと詰め切れていないというか、雰囲気重視のあまり、見落としているポイントが多く目に付くような気がします。具体的に言うと以下のような点です。
- 4Pの”Price”が、売り手がコントロール可能な変数であるのに対して、一般用語としての”Cost”は顧客が感じる「金銭・時間・心理・労力」など多様な「負担」を含みます。しかし、それを4Cのフレームワークの一つに丸めて、一語で扱うのは少々乱暴というか、抽象的過ぎるように思います。また、そもそも”Cost”だけで価格戦略の設計をすることにも無理があります。(値付けには、コストに基づいた設定方法(コストプラス法)の他にも、競合ベンチマーク、アンカリング…等々と多岐にわたる考え方があります)
- 4Pの”Place”に対応する4Cの”Convenience”は、購買意欲の本質を完全には捉えきれていません。言葉を変えれば、たとえinconvenient(不便)であっても、動機がそれに勝れば顧客は買いに来ることがあるはずです(例えば、高級ブランドは敢えて専門店や自社店舗でしか買えない戦略をとっていますが、それがかえって購買意欲をそそるのです)。また一方で、”Place”の論点はチャネル、商圏、顧客接点などを戦略的にコントロールすることであり、”Convenience”だけに還元するのは少し矮小化しすぎるように感じます。
- 4Pの”Promotion”に対応する4Cの”Communication”は、逆にちょっと広すぎる気がします。「売り手の発信」→「買い手の受信」というようなきれいな対比にはなっていないところがモヤモヤします。なお、プロモーションには営業チームに対する社内的なインセンティブなども含みますが、顧客とのコミュニケーションには直接現れてこないことも表現されていません。ただ、これは4Cが顧客視点のフレームワークであることを考えると、仕方のない点であるといえます。
これらを踏まえて、現状4Cがあまり受け入れられていない理由をさらにいくつか考えてみます。
4Cが定着しなかった構造的な理由
施策に落とし込みにくい抽象性
4Pは「Product部門」「Pricing戦略チーム」など、社内の組織や役割と直結しやすく、施策にも落としやすい構造になっています。
一方、4Cは「Customer Value部門」はまだしも、「Convenience部門」はどんな部門にすればいいのかイメージが湧きにくく、実務に取り入れにくいといった構造上の使いにくさがあります。
MECEになっていない
「Customer Value」と「Cost」は、本来トレードオフの関係にあるため、並列で扱うことには違和感があります。
また、ConvenienceとCommunicationも、範囲が広く曖昧で、重複の可能性が高い概念です。
ネーミングの統一感がない
4Pはすべて1語・名詞で構成されており、語感も整っています。
一方、4Cは「Customer Value」のように2語のものがあったり、そもそもValueだけにCustomerがついていたりと、命名のバランスに欠けます。これは想像ですが、どうしてもValueを採用したかったので、”4C”にするために仕方なく “Customer” をつけたのでしょうが、それなら Cost や Convenience, Communication にも “Customer” をつけるべきですよね。
「3C分析」と略称が被る
マーケティングの世界では、市場戦略を顧客・競合・自社の切り口で整理する枠組みである「3C分析(Customer, Competitor, Company)」も非常に有名なフレームです。
この「3C」と「4C」は名称が似ており、この点も実務や教育の現場で混乱を招く要因となりそうです。4Pが既にあるのだから、同じ(類似の)中身なら4Pと3Cでいいや、というわけです。
それでも「顧客視点」は必要です
4Cに限界があるとしても、顧客視点そのものが不要ということではありません。
むしろ、商品やサービスの評価軸が「企業がどう売るか」ではなく、「顧客がどう感じるか」に移行している今こそ、顧客体験に立脚した再設計が求められています。
4Cの背景と限界を整理したところで、次回はこれを土台にした新たな提案として、顧客体験を軸に再設計した「4Vモデル」を取り上げていきます。
💡用語の補足
- MECE:ミーシーとかミッシーと読みます。Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive (項目が相互に排他的で、かつ全てを集めきっている)の略で、日本語では「漏れなく、ダブりなく」と言うことが多いです(語順としては英語と逆です)。ロジカル思考の基礎的な考えで、MECEな切り口で物事をとらえれば、漏れなくダブりなく効率的に検討ができる、というフレームワークです。
- MECEな例*:和食、中華、洋食
- MECEでない例:和食、中華、エビチリ、洋食(エビチリと中華がダブっています)
- MECEでない例:和食、洋食(中華が抜けています)
*レバノン料理が抜けてる!と思った方は鋭いです(あるいは、他の国の料理でも)。完全にMECEな分析というのはできない、と割り切った上で、実務上合理的な切り分けをするツールなので、「今回はここまで」と言って周りが納得すればOKなのです。上記の場合、例えば国道沿いのドライブインのメニュー(あるいは、昭和のファミレス)を考えているならば、ある程度MECEということができます。逆に、中東市場を狙うなら、和洋中だけではMECEではないということになります(少なくとも、中東料理のカテゴリーが必要です)。