この連載は、拙著『シンギュラリティX』の「裏面」として書き進めようと思います。
著書では、社会制度や実務において意思決定の主語がAIへと移る、極めて理性的で抗いがたい臨界点を描きました 。しかし、執筆を終えてなお、私の中に沈殿している問いがあります。
――では、主語を失った後の私たちは、何を「幸福」と呼び、何を「命」と呼ぶのか。
今週(2026年1月6日~9日)、ラスベガスで開催されているCES 2026が象徴するように、今やAIは画面を飛び出し、肉体(物理層)へと浸透しています。それは利便性の極致であると同時に、私たちの「本能」や「文化」が試される新たな戦場でもあります。
この「夜話」では、理性のタガを少しだけ外し、SFのような、けれど明日起きてもおかしくない「もしも」の話を綴ります。技術論の先にある、もっと曖昧で、もっと人間臭い深淵。
静かな夜のひととき、私と一緒にその境界線まで歩いてみませんか。

