~「痛い」と言える機械が、人を育てる~
前回は、FBM(Flexible Business and Manufacturing)という「企業同士がつながる」未来図についてお話ししました。しかし、外とつながる前に、多くの工場が直面している切実な問題があります。
それは、「工場の中」の断絶です。
「機械の音がいつもと違う」と気づけるベテラン職人が引退し、マニュアルがあっても読まない若手社員が入ってくる。機械は沈黙したまま故障し、突発的なライン停止が起きる――。 そんな現場の救世主として注目されているのが、「Talkative Products(おしゃべりな機械)」という新たな概念です。
第3回となる今回は、生成AI技術を活用して機械に「口」を与え、人間との新しい関係性を築く最先端の取り組みについて解説します。
なぜ、機械は「沈黙」していたのか
これまでも、製造現場には「IoT(モノのインターネット)」や「AI(人工知能)」がありました。しかし、それらは多くの中小企業にとって敷居の高いものでした。
• 専門家の壁: 振動データを分析して故障を予知するには、データサイエンティストによる高度なモデル構築が必要でした。
• 言葉の壁: 機械が出すのは「エラーコード:E-04」といった無機質な信号だけで、その意味や対処法を知るには分厚いマニュアルを探す必要がありました。
つまり、これまでの機械は「専門語」しか話せなかったのです。これが、現場の人間(特に若手や未熟練者)と機械との間に深い溝を作っていました。
この溝を埋めたのが、ChatGPTに代表される「生成AI(Generative AI)」です。生成AIの最大の特徴は、「自然言語(私たちが普段話す言葉)」を理解し、操れる点にあります。
機械が「自分ごと」を語りだす
日立産機システムなどが提唱・実証している「Talkative Products」は、この生成AIを産業機械に組み込んだものです。 例えば、空気圧縮機(コンプレッサー)のような産業機器が、自身のセンサーデータ(体調)と取扱説明書(知識)をもとに、LINEやチャットツールを通じて人間に語りかけてきます。
従来のアラートとどう違うのか、比較してみましょう。
• 従来: [ALERT] 吐出温度上昇 異常検知
• Talkative Products: 「ちょっと熱っぽいです(吐出温度が高めです)。フィルターが詰まっているかもしれません。マニュアルの25ページにある手順で、掃除してくれませんか?」
機械が、まるで相棒のように「状態(予兆診断)」と「対処法(マニュアル検索)」をセットで教えてくれるのです。これにより、経験の浅い作業者でも、ベテランと同じように「機械の声」を聞き、適切なメンテナンスができるようになります。
技術の裏側:RAG(検索拡張生成)
この「おしゃべり」を実現しているのが、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)という技術です。
生成AIは嘘をつく(ハルシネーション)リスクがありますが、RAGを使うことで、AIに「カンニングペーパー(社内マニュアルや熟練工のメモ)」を持たせることができます。 「このマニュアルに書いてあることだけを根拠に答えなさい」と指示することで、正確な技術情報を、人間味のある言葉に翻訳して出力させているのです。
これは中小企業にとって朗報です。 社内に散らばっている「紙のマニュアル」や「ベテランの日報(メモ)」をデジタル化してAIに読ませるだけで、その日から機械が「ベテランの知恵」を語り始めるからです。
「社長、昨日の操作は痛かったです」~行動変容を促す~
Talkative Productsの真の価値は、単なるQ&Aではありません。人間の行動を変える(ナッジ:行動変容)効果にあります。
例えば、若手社員が機械を乱暴に急停止させたとします。 今までなら、機械は黙ってダメージを蓄積し、忘れた頃に故障していました。しかし、おしゃべりな機械は翌朝、こうメッセージを送ってきます。
「昨日の急停止、ちょっと痛かったです(軸受に過負荷がかかりました)。長持ちさせたいので、次は減速ボタンを使って優しく止めてくださいね」
人間とは不思議なもので、上司に「丁寧に扱え!」と怒鳴られると反発しますが、機械自身に「痛い」と言われると、「あ、ごめん」と素直に受け入れ、操作を改善する傾向があります。 このように、機械を擬人化(ペルソナ設定)し、感情に訴えるコミュニケーションをとることで、作業者の「愛着」を醸成し、結果として機器の寿命を延ばすことができるのです。
人がAIを育てる「Human-in-the-loop」
「そんな便利な機械が入ったら、人間の職人はいらなくなるのか?」 そう不安に思うかもしれません。答えはNOです。むしろ、人間の重要性は増します。
現場には、マニュアルに載っていない「暗黙知」が無数にあります。「雨の日は湿気が多いから設定を変える」「この材料の時は音に注意する」といった現場の知恵です。 AIが答えられない事態が発生した時こそ、人間の出番です。
1. AI: 「わかりません。教えてください」
2. 人間(熟練工): 「こういう時は、バルブを少し緩めるんだ」とAIに入力する。
3. AI: 「学習しました。次からはそう答えます」
このように、人間がAIの回答を評価・修正し、賢くしていくサイクルを「Human-in-the-loop(人間参加型ループ)」と呼びます。これからの現場は、人間が機械に使われるのではなく、「人間が機械(AI)を教育し、後輩(若手)のために育てていく」場所になるのです。
さて、機械が「口」を持ち、現場の知恵を語り始めました。 しかし、この「おしゃべり」が工場の中だけで完結していてはもったいない。 もし、この機械のデータが、会社の壁を越えて取引先や世界とつながったらどうなるでしょうか?
次回、最終回となる第4章では、AIが「異なる企業間の言葉(データ形式)」を翻訳し、中小企業をグローバルなFBM(つながる製造業)の世界へ連れ出す未来を描きます。
(第4回へ続く)
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【参考文献】
• 中川雄介 他「製品の稼働データ利活用によるリカーリングの促進と行動変容の取り組み : 予兆診断と生成AIを活用したTalkative Products」『日立評論』Vol.106 No.2(2024年)
• 株式会社日立産機システム「製造現場へIoT対応機器とビジネス展開:日立評論」(2017 Vol.99 No.2)
• 一般社団法人 日本電機工業会「2019年度版 製造業2030」(2020年)
