導入部の今回は、第0回を振り返りつつ、少し深掘りしながら話を進めていきます。
~なぜ「効率化」だけでは生き残れないのか~
「ウチのような町工場には、DXなんて関係ない」 「AIなんて導入しても、誰が使うんだ」
多くの経営者の方から、そんな声をお聞きします。日々の納期に追われ、慢性的な人手不足に悩み、原材料高騰に耐えている現場にとって、デジタル化は「金食い虫」か「大企業のお遊び」に見えるかもしれません。
しかし、データを見ると少し違った景色が見えてきます。そしてその景色は、残酷な現実を私たちに突きつけています。
「工場の中」をどれだけ磨き上げても、「工場の外」との関係性が変わらなければ、これからの時代、日本のモノづくり企業は生き残れない――。
本連載では、最新のデータと、日本電機工業会(JEMA)などが提唱する2030年の未来図「FBM(Flexible Business and Manufacturing)」、そして最新の生成AI技術を紐解きながら、中小製造業が取るべき「生存戦略」について全4回で解説していきます。
第1回のテーマは、「現実とビジョンのギャップ」です。
「守り」に偏りすぎた日本のDX
まず、日本の現在地を客観的なデータで確認しましょう。 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が発行した『DX動向2025』によると、日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の取組は、ある特定の領域に偏っていることが分かります。
それは、「業務効率化(守りのDX)」です。
日米独の企業比較において、日本企業は「アナログ・物理データのデジタル化」や「業務処理の効率化・省力化」といった項目では高い実施率を示しています。しかし、「新規製品・サービスの創出」や「顧客エンゲージメントの向上」といった、売上を伸ばすための「攻めのDX」においては、米国企業に大きく水をあけられています。
つまり、日本の工場の多くは、以下のような状態にあると言えます。
• やっていること: 紙の図面をPDFにする、勤怠管理をスマホにする、ラインの稼働率を上げる。
• できていないこと: デジタルを使って新しい商売を作る、データを武器に顧客と新しい関係を築く。
もちろん、効率化は重要です。しかし、人口減少が進む日本において、「コストを下げて安く作る」だけの勝負には限界が来ています。どれだけ効率化しても、親会社からの「コストダウン要求」に吸い取られてしまえば、利益は手元に残りません。
中小企業を襲う「2025年の崖」の正体
この「守りの限界」を裏付けるのが、『2025年版中小企業白書』が示す厳しい現実です。
白書によると、中小企業の経常利益は全体として持ち直しの動きが見られるものの、その内実は二極化しています。特に深刻なのが、「価格転嫁の壁」と「人手不足倒産」です。
原材料費やエネルギー価格が高騰する中、多くの下請け企業は、コスト増分を十分に販売価格に転嫁できていません。発注側(親会社)との力関係において、「値上げをお願いしたら仕事がなくなるかもしれない」という恐怖が、経営者を萎縮させています。
さらに、「人手不足」はもはや経営課題を超え、存続の危機となっています。給与を上げなければ人は来ない。しかし、価格転嫁できずに利益が出ないため、賃上げ原資がない。この負のスパイラルが、過去最多の倒産件数を招いています。
ここで一つの仮説が浮かび上がります。 私たちが今まで信じてきた「ピラミッド型サプライチェーン」という構造そのものが、制度疲労を起こしているのではないか? ということです。
• 親会社(頂点)が決めた仕様通りに、
• 下請け(底辺)が安く、早く、正確に作る。
この固定的な主従関係の中では、下請け企業は「代替可能な部品」として扱われます。どれだけ技術があっても、どれだけ効率化しても、この構造の中にいる限り、「価格決定権」を持つことはできません。
2030年のビジョン:「ピラミッド」から「ボール」へ
では、どうすればよいのでしょうか。 その答えのヒントとなるのが、日本電機工業会(JEMA)スマートマニュファクチャリング特別委員会が提唱する「製造業2030」のビジョンであり、その核となる概念「FBM(Flexible Business and Manufacturing)」です。
FBMとは、直訳すれば「フレキシブルなビジネスと製造」。 これは、従来の硬直的なバリューチェーンを解体し、企業と企業がもっと自由につながり合う世界を目指すものです。
FBMの世界観を理解するために、「ボール(球体)モデル」をイメージしてください。
• 従来: 企業はピラミッドの一部(固定されたブロック)。
• FBM: 企業は一つの「ボール(球体)」。
このボールは、単なる会社名ではありません。「ウチは旋盤加工ができる」「ウチは在庫保管が得意だ」「ウチは設計ができる」といった、「機能(FBMサービス)」の塊です。
このボールたちが、インターネット上のプラットフォーム(リポジトリ)に登録されています。そして、何かを作りたくなった時、必要な機能を持つボール同士が、企業の枠や系列を超えて、磁石のようにカチッとつながります。
例えば、あるメーカーで災害が起き、部品が作れなくなったとします(サプライチェーンの分断)。 従来なら、復旧を待つしかありませんでした。しかしFBMの世界では、即座に「同じ加工能力を持つ別のボール(近隣の町工場)」を検索し、一時的につなぎ直すことで、生産を止めずに済みます。
これを「ダイナミックなバリューチェーンの構築」と呼びます。
「つながる」ことが、最強の生存戦略
このFBMの考え方は、中小企業にこそ大きなチャンスをもたらします。
なぜなら、FBMの世界では、大企業も中小企業も、対等な「機能(ボール)」として扱われるからです。 そこでの取引基準は、「長年の付き合い」や「系列」ではありません。 「今、この瞬間に、必要な能力(Q(品質)、C(コスト)、D(納期)、そしてCO2排出量などの環境性能)を提供できるか」という、「属性(アトリビュート)」のマッチングで決まります。
もし、あなたの工場が、自社の能力(稼働状況、得意な加工、CO2排出量など)をデータとしてリアルタイムに発信できていれば、今まで取引のなかった世界中の企業から、「その機能、貸してください」とオファーが来る可能性があります。
これが、「孤立する工場」から「つながる生態系」への転換です。
しかし、ここで大きな壁が立ちはだかります。 「ウチの機械は古くてデータなんて取れない」 「データを出したら、ノウハウを盗まれるんじゃないか」 「そもそも、他社のシステムとつなぐ言葉(データ形式)が違う」
これらはもっともな懸念です。実際、FBMの実現には、企業間の信頼基盤や、データ形式の標準化といった課題が残されています。
そこで次回以降、これらの壁を乗り越えるための具体的な「武器」を紹介していきます。
• 第2回: FBMの仕組みをさらに深掘りし、「ライバル企業と手を組む」という新しい戦い方を解説します。
• 第3回: 古い機械でもデータは取れる。「おしゃべりな機械(Talkative Products)」と生成AIが、現場の意識をどう変えるかを紹介します。
• 第4回: バラバラなデータ形式を、AIがいかにして「翻訳」し、世界とつなげるか。その技術的ブレイクスルーに迫ります。
2030年は、遠い未来ではありません。 「効率化」という内向きの努力を続けながら、そろそろ工場の鍵を開け、「外」の世界とつながる準備を始めませんか。
その第一歩は、自社の価値を「部品」としてではなく、「機能(サービス)」として捉え直すことから始まります。
(第2回へ続く)
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【参考文献】
• 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX動向2025 日米独比較で探る成果創出の方向性」(2025年)
• 中小企業庁「2025年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」(2025年)
• 一般社団法人 日本電機工業会「2019年度版 製造業2030」(2020年)
• 一般社団法人 日本電機工業会「FBMホワイトペーパー サマリ版」(2020年)
• 一般社団法人 日本電機工業会「FBMホワイトペーパー Flexible Business and Manufacturing」(2020年)
• FBMホワイトペーパーにおけるユースケース(BCP、外部連携)
