生成AIは本当に「幻滅期」なのか?――ガートナーの予測 vs OpenAIの反論。2026年に生き残るための視点

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かつて、メーカーで製品企画をしていた頃、私のデスクには常に一枚のグラフがありました。

IT業界に身を置く者なら誰もが一度は目にする、あの独特なカーブ。ガートナー社が提唱する「ハイプ・サイクル(Hype Cycle)」です。

新しい技術が世に現れ、熱狂的に迎えられ(期待のピーク期)、やがて「期待外れだ」と見捨てられ(幻滅期)、そこから泥臭い実用化を経て成熟していく。私が担当していた、ストレージ技術のロードマップを引く際、このカーブは「投資のタイミング」を計るための、非常に便利で、かつ抗いがたい「共通言語」でした。

しかし、2025年現在。この見慣れたカーブが、「生成AI」という怪物の前で機能不全を起こしているのではないか――。そんな違和感を抱いています。

ガートナーは「生成AIは幻滅期に入った」と断じ、特に大手コンサルティングの現場では「冷静な投資を」という合言葉が飛び交っています。一方で、OpenAIのCFOは「AIはハイプ・サイクルには当てはまらない」と真っ向から反論しています。

今回は、製品企画の最前線にいた者の視点から、この「物差しのズレ」の正体を深掘りし、2026年への生存戦略を考えます。


ガートナーの宣告:「生成AIは2025年に幻滅期へ」

ガートナー社が発表した最新のレポート(2024年後半〜2025年版)は、明確に「生成AIは幻滅期(Trough of Disillusionment)に突入した」と記しています。

彼らが挙げる「幻滅」の根拠は、主にビジネスの現場における「理想と現実のギャップ」です。

  • ROI(投資対効果)の不透明さ: 巨額のライセンス料を払って導入したが、目に見えるコスト削減や利益増につながっていない。
  • ハルシネーション(嘘)の克服難: 業務で使うには精度が不安定で、結局人間が全件チェックする手間が増えている。
  • 「PoC(概念実証)疲れ」: 実験段階から、全社的な業務フローへの組み込み(ガバナンスやセキュリティの確立)が進まず、プロジェクトが失速している。

企業の意思決定層にとって、「幻滅期」という言葉は一種の「免罪符」になります。「今成果が出ないのは、技術が未熟なフェーズだからだ。一旦、投資を絞って様子を見よう」という判断を正当化してくれるからです。

図1.生成AIのハイプ・サイクル:2024年

出典:Gartner(2024年9月10日)


製品企画の視点で見える「ハイプ・サイクル」の裏側

ここで、長年このカーブを参考に製品企画をしてきた立場から、少し意地悪な見方をしてみます。

なぜ、ガートナーはこれほどまでに「幻滅期」という言葉を強調したがるのでしょうか?そこには、「ITコンサルティングの収益モデル」という冷徹な力学が働いています。

ハイプ・サイクルは、技術の真実を映し出す鏡であると同時に、有力な営業ツールでもあります。熱狂の「ピーク期」には「乗り遅れるな」と煽り、冷え込みの「幻滅期」には「今こそ戦略の練り直しが必要だ」と説く。どちらのフェーズにいても、コンサルタントには「助言の余地」が生まれます。

特に幻滅期は、混乱する経営層に対して「正しい選び方」「リスク管理」「組織改革」といった高単価なコンサルティングメニューを提案する絶好のチャンスです。ガートナーが「今は幻滅期だ」とレッテルを貼ることは、ある意味で「コンサル市場の創出」そのものなのです。

私たちが記憶装置の開発で「次世代技術」を追っていた時も、アナリストの見立てに一喜一憂しましたが、現場の技術進化がその「見立て」を軽々と飛び越えていく場面を何度も目にしてきました。


OpenAIの反論:「AIはハイプ(一過性の流行)ではない」

このガートナーの「伝統的な型」に、真っ向からNOを突きつけたのが、OpenAIのCFO、サラ・フライヤー(Sarah Friar)氏です。

2025年1月のインタビューで、彼女はこう断言しました。

「AI is not a hype cycle technology.(AIはハイプ・サイクルに従うような技術ではない)」

彼女の主張の核心は、AIがもはや「実験的なフェーズ」を終え、「社会のOS(基盤インフラ)」へと変質しているという点にあります。彼女が挙げる根拠は、ガートナーの分析よりも遥かにダイナミックです。

  1. 圧倒的な「利用」の実績: ChatGPTの週間アクティブユーザーは3億人を超えている。幻滅して離れていくどころか、爆発的に生活に溶け込んでいる。
  2. 進化の多層構造: 「テキスト生成」に飽きる前に「o1のような推論モデル」が現れ、それに慣れる前に「Soraのような動画生成」や「自律型エージェント」が押し寄せる。

従来のハイプ・サイクルは、「一発の大きな波」を想定していました。しかし、今のAIが起こしているのは、「数ヶ月おきに発生する巨大な波が、前の波が引く前に次々と上書きしていく」という異常事態です。

つまり、「幻滅する暇がない」のです。


ガートナーの「組織の論理」 vs OpenAIの「技術の論理」

ここで、両者の主張の根本的な違いを整理してみましょう。このズレは、単なる見解の相違ではなく、立脚している「生存戦略」の違いから生まれています。

ガートナーが守る「組織の論理」

ガートナーの主な顧客は、大企業のCIOや意思決定層です。彼らにとって最も避けたいのは「巨額の投資をしたのに、組織が混乱して終わる」という失敗です。

  • 視点: 予算、セキュリティ、ガバナンス、ROI(投資対効果)。
  • メッセージ: 「今は幻滅期だから、一度立ち止まって体制を整えなさい」。これは、変化を恐れる組織に対する「鎮痛剤」として機能します。

OpenAIが突きつける「技術の論理」

一方で、OpenAIのような破壊者は、技術がもたらす「非連続な飛躍」に賭けています。

  • 視点: 知能のスケール則、自律性、既存業務の完全置換。
  • メッセージ: 「知能の進化は止まらない。昨日までの不可能は、明日には解決される」。これは、現状維持を望む組織に対する「カンフル剤」(あるいは気付け薬)です。

製品企画の現場で痛感したのは、「組織の論理」に従いすぎると、製品は「安全だが平凡なもの」になり、市場の爆発的な進化に置き去りにされるということです。ハイプ・サイクルという「組織に安心を与える物差し」が、今や技術の真実を見えなくさせるノイズになっている。これが私の抱いている違和感の正体です。


ガートナーの「後出し」の防衛線:進化が速いからこそ「幻滅」も加速する

こうした「進化速度が速すぎる」という批判に対し、ガートナー側も巧妙な論理で再反論を試みています。

彼らが最近強調しているのは、いわば「期待値のインフレ」論です。 「技術が100歩進んでも、人間が200歩を期待すれば、その差分は『失望(幻滅)』としてカウントされる。進化が速いほど、人間は際限なく期待値を上げ続けるため、むしろ幻滅の谷はより深く、鋭く訪れるのだ」という理屈です。

しかし、これは一種の「後出しジャンケン」ではないでしょうか。技術がどれほど進歩しても、「人間がそれ以上に飽きたから幻滅期だ」と言えてしまう。 本来、技術の価値を測るべき物差しが、いつの間にか「人間のわがままな期待値」を測るメンタル指標にすり替わっているのです。これでは、どんな画期的な発明も「ハイプ・サイクル」という型に閉じ込められてしまいます。


2026年、私たちは「谷」ではなく「断絶」を目撃する

もし、ハイプ・サイクルという「予定調和な曲線」が通用しないのだとしたら、2026年の私たちはどこに立っているのでしょうか。私は、そこには「穏やかな成熟」ではなく、「決定的な格差(断絶)」が生まれていると予測します。

  • 「幻滅期」を信じて足を止めた企業: ガートナーの言葉に安心し、「今は様子見だ」と投資を絞った企業。
  • 「加速」を信じて適応し続けた企業: 混乱と疲弊を抱えながらも、AIを「空気」のように使いこなした組織。

2026年、生成AIという言葉はニュースから消えているかもしれません。それは幻滅されたからではなく、「わざわざ口に出す必要もないほど、当たり前のインフラになった」からです。

💡小企業こそ、ガートナーの「罠」に嵌まってはいけない

ここまで「組織の論理(ガートナー)」と「技術の論理(OpenAI)」の対立を見てきましたが、この議論から最も恩恵を受けるべきは、実は中小企業の経営者です。

なぜなら、ガートナーが描く「幻滅期」の正体は、数万人の社員を抱える巨大組織が、AIを導入するための「ルール作り」や「データの整理」に手間取り、自ら作り出している「自縄自縛の停滞」に過ぎないからです。

中小企業が、大手と同じように「ROIが見えないから」「リスクがあるから」と慎重論を唱えるのは、せっかくの「機動力」という武器を捨てる行為です。

💡中小企業の生存戦略:「PoC(実証)」ではなく「実戦」

  • 大手の弱点: 「全社導入」という重い意思決定が必要。結果、2026年になっても「ガイドライン策定中」で終わる。
  • 中小企業の強み: 経営者の一言で、今日から現場のフローを変えられる。

サラ・フライヤー氏が指摘するように、AIはもはや「特別な技術」ではなく「電気のようなインフラ」です。中小企業にとっての2026年は、「大手企業が会議室で『幻滅』している隙に、AIという安価な外部脳をフル活用して、少数精鋭で大手以上のクオリティとスピードを手に入れるチャンス」なのです。

「幻滅期」という言葉を、投資を休むための言い訳に使うのか。それとも、大手の足が止まっている隙に一気に突き放す「加速の号砲」にするのか。そこが運命の分かれ道になります。

結論:物差しを捨てて、現実を見よう

かつて私が製品企画でハイプ・サイクルを愛用していたのは、それが”鉄板”のツールであることによる「安心」を与えてくれたからかもしれません。しかし、生成AIという特異点において、過去の「安心できる曲線」はむしろリスクになります。

ガートナーは、コンサルのために「谷」を語る。 OpenAIは、未来のために「垂直上昇」を語る。

どちらが正しいかを議論することに、あまり意味はありません。重要なのは、ガートナーが幻滅期だと定義している今この瞬間にも、あなたの競合はAIを使って、昨日まで不可能だったことを可能にしているという冷徹な事実です。

2026年、私たちが立つのは、ハイプ・サイクルの「安定期」ではありません。技術が人間を追い越していく、新しい世界の入り口です。

今、その入り口で立ち止まるのか、それとも嵐の中を突き進むのか。 製品企画の現場で培った私の勘は、こう告げています。「物差しが壊れた今こそ、全力で走るチャンスだ」と。

(2025年の生成AI振り返りはこちら
(2026年の生成AI展望はこちら

⚠️補足なぜ「冷静な投資を」が合言葉になっているのか

ガートナーに限らず、PwCBCGといった大手コンサルティングファームの2025年版レポートを見ると、2023〜2024年の「熱狂(ゴールドラッシュ)」期とは明らかに論調が変わっています。

  • ROI(投資対効果)のシビアな検証: BCGの調査(2025年)では、「74%の企業がAIから具体的な価値(Tangible Value)を引き出せていない」というデータが出ています。これを受け、コンサルタントは「とりあえず導入」ではなく、「どの業務で、いくら利益が出るのか」を算出する「AI Engineering」や「ModelOps」といった、より堅実で管理重視のアプローチを提唱し始めています。
  • 「ガバナンスとリスク管理」へのシフト: ハルシネーション(嘘)やセキュリティ事故の事例が積み上がったことで、現在は「攻め」よりも「守り(AI TRiSM:信頼性・リスク・セキュリティ管理)」のコンサルティング需要が急増しています。これが、現場での「一度立ち止まって、ルールを固めましょう(=冷静な投資を)」という助言に繋がっています。
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