~データで「値上げ」を勝ち取る、中小企業の逆襲~
全4回でお届けしてきた本連載も、今回が最終回です。 第1回では「効率化だけでは生き残れない」という現実を、第2回では企業がつながる未来「FBM」を、第3回では機械が喋り出す「Talkative Products」を解説してきました。
最終回となる今回は、これら全ての要素をつなぎ合わせ、中小企業が「下請け」という立場から脱却し、2030年の主役になるための最後のピース――「言葉の壁の突破」についてお話しします。
1. 「つながる」ための最大の壁
「ウチの工場もFBMに参加して、世界中の企業と取引したい」。そう意気込んでも、多くの町工場が直面する巨大な壁があります。 それは、「データ形式(フォーマット)の違い」です。
グローバルな製造業の世界では、「インダストリー4.0」以降、企業間でデータをやり取りするための「共通言語(国際標準)」の整備が進んでいます。例えば、産業通信規格の「OPC UA」や、デジタル上の管理殻である「AAS(Asset Administration Shell)」などです。
一方で、日本の中小企業の現場はどうでしょうか。 手書きのログ、エクセルで作った独自の管理表、あるいは昭和の時代から動いている古い機械の独自信号……。これらは、世界標準から見れば「解読不能な方言」です。
大手企業から「サプライチェーン強靭化のために、御社の稼働状況とCO2排出量をデジタルで提出してください」と言われても、「そんなデータ、出せません(あるいは紙でしか出せません)」と答えざるを得ない。 これが、日本の中小企業がデジタル社会で孤立してしまう「言葉の壁」の正体です。
2. 生成AIは「優秀な通訳」である
この壁を越えるためには、数千万円かけて基幹システムを入れ替え、すべての機械を最新のIoT対応機種にするしかないのでしょうか? 『2025年版中小企業白書』が示す通り、投資余力のない中小企業にそれは不可能です。
ここで、第3回で紹介した「生成AI」が、再び革命的な役割を果たします。生成AIが得意なのは、人間とのおしゃべりだけではありません。実は、「バラバラなデータを、整理整頓されたデータに変換する(構造化する)」能力が極めて高いのです。
日立産機システムなどが開発している「Talkative Products」の裏側には、「データ構造化技術」が使われています。これは、マニュアルのような「文章(非構造化データ)」や、センサーからの「羅列された数値」を、AIが文脈を理解して、「これは温度データ」「これはエラー内容」といった具合にタグ付けし、データベースで扱いやすい形(SQLやJSONなど)に自動変換する技術です。
これを応用すると、AIを「通訳(トランスレーター)」として使うことができます。
• 入力: 古い機械が出す「独自のエラー信号」や、職人が書いた「手書きの日報(OCR読み取り)」。
• AIによる翻訳: 「この信号は『停止』を意味し、日報には『部品欠品』と書いてある。つまり、これは国際標準規格で言うところの『StopReason: MaterialShortage』である」と解釈。
• 出力: 相手先企業が求める「OPC UAフォーマット」や「CO2排出量レポート」に自動変換して送信。
つまり、工場側のシステムや機械を入れ替えなくても、出口に「AIという通訳」を一枚噛ませるだけで、世界標準の言葉でデータ連携が可能になるのです。
3. データは「守るもの」から「売るもの」へ
この「翻訳機能」を手に入れたとき、中小企業のビジネスモデルは劇的に変わります。 これまでは、「図面通りの部品を納める」ことだけが価値でした。しかしこれからは、「部品+データ(安心)」がセット商品になります。
FBM(Flexible Business and Manufacturing)の概念では、企業は単なるモノの作り手ではなく、「機能(FBMサービス)の提供者」として定義されます。 例えば、親会社に対して次のような交渉が可能になります。
「部品の単価を下げろと言われますが、それはできません。その代わり、ウチの機械の稼働データを、御社のシステムがそのまま読み込める『国際標準フォーマット』でリアルタイムに提供します。 これにより、御社は在庫確認の手間がゼロになり、欠品によるライン停止リスクもなくなります。さらに、環境報告書に必要なCO2データも自動で送ります。 この『データ連携の手数料』込みで、今の単価を維持(あるいは値上げ)させてください」
これは決して夢物語ではありません。『DX動向2025』等の調査でも、デジタル化の遅れが指摘されていますが、逆に言えば、「まともにデータ連携ができる下請け企業」は、大企業にとって喉から手が出るほど欲しい希少なパートナーなのです。
データを武器に、コストダウン要求という「波」に飲み込まれるのではなく、その波を乗りこなして対等な交渉を行う。これが、AIとFBMがもたらす「稼ぐDX」の姿です。
4. 結論:新たな「看板」を掲げよう
全4回の連載を通じて、2030年に向けた製造業の生存戦略を考えてきました。
1. 効率化(守り)だけではジリ貧になる。「つながる(FBM)」へシフトしよう。
2. 企業を「会社名」ではなく「機能(ボール)」として再定義し、柔軟につながろう。
3. 「おしゃべりな機械(AI)」を導入し、社内の技術継承と行動変容を促そう。
4. AIを「通訳」として使い、世界標準のデータ連携を実現して、価格交渉力を高めよう。
あなたの工場の入り口には、創業以来の古びた看板が掛かっているかもしれません。 その看板は、そのままでいいのです。大切なのは、その看板の裏側にある「中身」をアップデートすることです。
「よくあるいわゆる町工場」から、「世界とつながり、データで価値を創るマニュファクチャリング・サービス企業」へ。 ツールは揃いました。あとは、工場の鍵を開け、外の世界へ一歩踏み出す勇気を持つだけです。
2030年の未来は、あなたのような「現場を知る人間」が、AIという相棒と共に切り拓いていくのです。
(連載完)
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【参考文献】
• 一般社団法人 日本電機工業会「FBMホワイトペーパー Flexible Business and Manufacturing」(2020年)
• 一般社団法人 日本電機工業会「FBMホワイトペーパー サマリ版」(2020年)
• 中川雄介 他「製品の稼働データ利活用によるリカーリングの促進と行動変容の取り組み : 予兆診断と生成AIを活用したTalkative Products」『日立評論』Vol.106 No.2(2024年)
• 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX動向2025 日米独比較で探る成果創出の方向性」(2025年)
• 中小企業庁「2025年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」(2025年)
•※補足:手書きの日報の良い点もあります。
日報を手書きにすることで内省・気づきを促すとともに、AIを用いたデジタル日報と併用することで個人のパフォーマンス・ウェルビーイングと業務効率化の両方が実現できることを説いた書籍はこちら。

